今の俺は、つつがなく毎日を過ごしているもんで、特に気晴らしや憂さ晴らしが必要ない状況だ。今は「飲みに行こうよ」と誘われても、重い腰を上げるのが面倒でね。現役時代は家にいようものなら「今、俺のことを待っているおネエちゃんがいるかもしれない……!」と思ってソワソワしていたのが信じられないよ。そんな俺の様子を見て「飲みに行きたんでしょ。行ってきなよ」と、いつも許してくれる女房もすごかったね! 泡食っておネエちゃんのところに飲み行ったもんだ(笑)。しかも、夜中の2~3時に帰ってきても、お茶漬けやそうめんなんかを用意して、起きて待っていてくれるんだ。本当に感謝しているよ。
こうして、俺が今になって女房に心から感謝しているのを見て、娘も「夫は後々に感謝してくれるんだ」と思ったようで、自分の旦那さんを快く飲みに送り出して、夜食も用意するようになったんだって。ただし夜食には「『できた女房だ!』とSNSに画像を投稿してから食べるように!」というメモが置いてあるらしい(笑)。
唯一、今の気晴らしと言えるのは、天龍プロジェクトの大会かな。今の俺は選手ではなく主催者の立場だから、出場する選手があいさつに来るんだ。それを俺は「おう」とか「あい」と返すんだけど、馬場さんもこんな感じだったのかなと思うと、なんだか気持ちいいね。馬場さんはミル・マスカラスやスタン・ハンセン、ブルーザー・ブロディといったトップ選手にボスと呼ばれていて、それに比べると俺はスケールが小さいけど、今更ながら馬場さんのような気分を楽しんでいる。いやあ、選手にボスとしてあいさつされるって気持ちいいね! 70歳を過ぎてからようやく気づいたよ!(笑)
(構成・高橋ダイスケ)
天龍源一郎(てんりゅう・げんいちろう)/1950年、福井県生まれ。「ミスター・プロレス」の異名をとる。63年、13歳で大相撲の二所ノ関部屋入門後、天龍の四股名で16場所在位。76年10月にプロレスに転向、全日本プロレスに入団。90年に新団体SWSに移籍、92年にはWARを旗揚げ。2010年に「天龍プロジェクト」を発足。2015年11月15日、両国国技館での引退試合をもってマット生活に幕を下ろす。