老舗百貨店の日本橋三越本店では、化粧まわしの注文を引き受けている。着物や和装を扱う呉服営業部が担当している。同営業部の小沢朗さんは「値段には幅がありますが、最低でも200万円、高いと数千万円に上ることもあります」と話す。
「生地や織り方、デザインや刺繍の仕方によって値段は大きく変わります。漫画のキャラや企業のロゴを使う場合は、いろいろなところから許可を得たり、調整やチェックを繰り返したりする必要もある。力士の『顔』になるものですし、地味でも奇抜すぎてもいけない。力士や贈り主の気持ちにできる限り沿えるように努めています」
厳しい制限はないとはいえ、手をついたら負けなので四本足の動物はあまり前脚を描かない▽前垂れの下端部分(馬簾=ばれん)につける房の本数は「土俵を割らない」意味を込めて奇数に▽黒星を連想させる黒はできるだけ避け、別の色を濃くすることで代替する、といった細かな気配りも必要だ。
前出の関係者によると、注文を受ける会社は三越だけでなく、相撲関連に特化した店も含めて全国に数社あるという。
もともと部屋や力士とつながりのある会社へ引き合いがあったり、後援会やスポンサー企業から直接注文があったり、注文や受注の仕方はケース・バイ・ケースのようだ。生地や付属品はそれぞれ専門の業者が手がける。
刺繍の専門業者、服部刺繍店(東京都荒川区)の服部好明さん(56)は、社旗や校旗の需要が減り、ミシンや染め物に押された影響もあって、今や国内で数少ない手縫いの刺繍職人だ。80歳をすぎた父・元明さんと2人で店と技術を守っている。
「注文どおりの文字や絵柄を忠実に再現するために、絹糸をよったり染めたりして、ひと針ひと針、丁寧に縫っていく。一つひとつに力士や贈り主の思いがかかっているので、妥協せずに、いいものを作り続けたい」
名古屋場所も、いよいよ佳境。土俵に彩りを加える脇役たちのドラマを想像すると、さらに取組が楽しめそうだ。(本誌・池田正史)
※週刊朝日 2022年7月29日号