「以前にも鉄腕アトムやバカボンのパパ、両さん(両津勘吉)といった漫画のキャラクターが描かれたことがあります。女性の裸など品のないものは論外ですが、厳しい決まりがあるわけではない」
土屋さんによると、デザインの傾向は(1)力士の出身地の名所や風景、(2)縁起が良い図柄、(3)文字の三つに大別できる。地元を象徴する城や山、力強いイメージの竜やトラ、「忍」「喝」など好きな言葉や座右の銘、といったものだ。
大学や高校など出身校の校章がモチーフとなることも多い。
「番付の昇進時に贈られることが多く、ひとりの力士につき何本まで、といった制限はないので、番付が上位で、長く活躍している人気のある力士ほどたくさん持っている」(土屋さん)
実は化粧まわしは、下半身を覆うエプロンのような「前垂れ部分」だけではない。十両以上の力士が取組の際に着ける「締め込み」(まわし)のように長い。このうち前垂れ部分は先端の1メートル程度で、ここに刺繍(ししゅう)が施されている。土俵入りで披露した後は、取組用の締め込みに替えている。
土屋さんによると、化粧まわしは観覧相撲が庶民の娯楽の一つとして定着した江戸時代半ばの18世紀後半ごろ、今のような形になったと考えられている。
「江戸時代になると、浪人や庶民の力自慢の中から相撲を職業とする人も出て、全国で勧進相撲が行われるようになり、今の大相撲の基礎ができました。町人文化が栄えた元禄期を経て、まわしも派手になっていった。当時は締め込みの延長で、派手なまわしのまま相撲を取っていた。土俵入りの際の化粧まわしと、取組時の締め込みを分けるようになった18世紀後半ごろに化粧まわしが成立したと考えていい」(同)
今も化粧まわしは豪華だ。作るのにも手間をかける。「かつて鷲(わし)にダイヤをあしらった元大関若嶋津の化粧まわしは時価総額1億5千万円とも言われ、大きな話題になりました」(業界関係者)