関根仁美、真衣(右、28歳、ダウン症)
<br />【夢】嵐の櫻井くんと空手をしたい(真衣)。いつまでも真衣の笑顔を見ていたい(母)
<br />【障害がわかったときの気持ち】生まれてすぐに、ダウン症とわかって、余命1年と告知されました。「この子の命、私たち家族が絶対守る!」と、入退院を繰り返しながら、1年の命を2年に、もう1年のばして……。障害をひとつの個性として見てくれる人たちが、もっと増えてくれるといいなと思います。私たちもそうした視点が持てるようになって、心が豊かに優しくなれたことがとてもうれしい! 真衣が「ダウン症」で生まれてきた意味は、そこにあるような気がします
<br />【いまの気持ち】やりたいこと、やっていいよ! お母さんが見守って支えるからお母さんが困ったときは、真衣が支えてね!
<br />(撮影:葛谷舞子)
関根仁美、真衣(右、28歳、ダウン症)
【夢】嵐の櫻井くんと空手をしたい(真衣)。いつまでも真衣の笑顔を見ていたい(母)
【障害がわかったときの気持ち】生まれてすぐに、ダウン症とわかって、余命1年と告知されました。「この子の命、私たち家族が絶対守る!」と、入退院を繰り返しながら、1年の命を2年に、もう1年のばして……。障害をひとつの個性として見てくれる人たちが、もっと増えてくれるといいなと思います。私たちもそうした視点が持てるようになって、心が豊かに優しくなれたことがとてもうれしい! 真衣が「ダウン症」で生まれてきた意味は、そこにあるような気がします
【いまの気持ち】やりたいこと、やっていいよ! お母さんが見守って支えるからお母さんが困ったときは、真衣が支えてね!
(撮影:葛谷舞子)

「学校の生活も撮りたい」と、お願いすると、真衣ちゃんの親は学校にかけあってくれた。校長は葛谷さんと面談すると、「この人だったらいいでしょう」と、校内の撮影を許可してくれた。

「家庭から学校まで、生活を全部撮らせてもらいました。ほんと、住み込みみたいな感じで」

 そうやって撮りためた作品「真衣ちゃんの生活日記」を発表したところ、2001年度コニカ フォトプレミオに入選した。

 葛谷さんは大学を卒業すると、出版社や新聞社の写真部に勤め、その後、写真教室を開いた。転機が訪れたのは2012年。

「ライフワークとして小さなときから真衣ちゃんをずっと撮り続けてきたんですけれど、その年の『成人を祝う会』に呼んでいただいたんです」

 会場には真衣さんの同級生や親たちが集まった。

「私は真衣ちゃんをきっかけに知り合った子たちを『かわいい、かわいい』って、撮っていた」

 そんな姿を見た母親たちは葛谷さんに、こう打ち明けた。

「うちの子たちは、名の通った写真スタジオに連れていってもうまく撮ってくれないんです。限られた時間しかないし、障害のこともわからないから。葛谷さんはこの子たちの障害の特性を知っているから、かわいく撮ってくれる。写真館をやってくれたらいいのに」

 そのとき、葛谷さんは「この子たちに恩返しをしたいな」と思った。

「私は真衣ちゃんの写真で賞をいただけたから、写真家になれたんです。そんな子どもたちや親に恩を返していきたい。そう思って、13年に家を建てたときに障害があっても楽しめる写真スタジオをつくりました」

花岡知恵、桜(左、12歳、重度知的障害)
<br />【夢】親が亡き後も、安心して生きていけるコミュニティーをつくりたい
<br />【障害がわかったときの気持ち】1歳あたりでなんか変だなと思い始めたので、1歳半検診で指摘されたときはそんなにショックじゃなかったのですが、「障害者」は自分の人生にはまったく関係ないと思っていたので、とにかくありえないし、「まさか」だし、寝耳に水だし、数年間は受け入れられなくて全否定していました
<br />【いまの気持ち】「ありのまま」って最高だね! だだ生きているだけでいい。やりたいことだけやればいい。それを他人に身をていして教えることは、あなたにしかできないことです
<br />(撮影:葛谷舞子)
花岡知恵、桜(左、12歳、重度知的障害)
【夢】親が亡き後も、安心して生きていけるコミュニティーをつくりたい
【障害がわかったときの気持ち】1歳あたりでなんか変だなと思い始めたので、1歳半検診で指摘されたときはそんなにショックじゃなかったのですが、「障害者」は自分の人生にはまったく関係ないと思っていたので、とにかくありえないし、「まさか」だし、寝耳に水だし、数年間は受け入れられなくて全否定していました
【いまの気持ち】「ありのまま」って最高だね! だだ生きているだけでいい。やりたいことだけやればいい。それを他人に身をていして教えることは、あなたにしかできないことです
(撮影:葛谷舞子)

■苦労と楽しさは表裏一体

 もう1人、忘れられない子がいる。重度の知的障害がある花岡桜さん(12)だ。

 桜さんがスタジオにやってきたとき、葛谷さんは「よろしくお願いします」と、手を差し出した。しかし、桜さんは無視。

 写真を撮ろうとしても桜さんは隅の階段に座り込んで、来てくれない。

「でも、お母さんと私がスタジオで楽しそうに話をして、たまに『来て』って声をかけると、ちろっ、ちろって、こちらをのぞいて、ほんと一瞬だったんですけれど、来て、写させてくれた」

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何日もへこんだ苦い思い出も