■「写真も撮らなくちゃ、と思いながら」
19年秋、その年の最後の繭づくりをしていたとき、予期せぬ事態が起こった。
10月12日、台風19号が上陸。それにともなう豪雨で丸森町は甚大な被害を受けた。町内各地で河川が氾濫。土砂崩れも起きた。死者10人、行方不明者1人。市町村単独では最大の犠牲者が出た。
「目黒さんのお宅は斜面にあったんですけれど、カイコさんの蚕室が土石流でやられた。もう、写真どころじゃなかった。道路がずたずたになって、行くこともできなかった」
海老名さんは災害ボランティアとして仙台市から丸森町に通い、もっとも浸水被害の大きかった五福谷川の下流域の住宅地で土砂を取り除いた。
「写真も撮らなくちゃ、と思いながら。だけど、(悪いかな)と、思うとストレスがたまった」
数日後、海老名さんはそんな胸の内を周囲に打ち明けた。
「ほかのボランティアの人たちに、『私はカイコさんを撮っています。記録として残したいので、午前中30分、午後30分、撮影のために時間をください』って言ったら、みなさん、協力してくれたんです。思い切って言ってよかった」
■垣間見た中山間地域の現実
五福谷川をさかのぼり、上流部の筆甫地区も撮影した。
「山のなかの小さな川がほんとうに考えられないくらい増水して、軽自動車くらいの石がゴロゴロしていた」
これまで丸森町のような中山間地域で暮らす人々は自然とうまく同居してきた、と海老名さんは言う。
「風光明媚(めいび)で、カイコさんをはじめ、藍染め、和紙作り、川魚の養殖とかをやってきた」
ところが、今回の台風で目の当たりにしたのは、困難に陥る中山間地域の姿だった。
「限界集落みたいなところに高齢者が大勢いて、被害にあわれた方は、もう家も建て替えられないし、どこに住んでいいかわからない。いったん、こういう災害があると、立ち直れない人がいっぱいいる。そういう状況に気がついた」
作品は、養蚕業に主体を置き、台風被害を織り交ぜてまとめたものだが、その意味を海老名さんは写真展案内にこう書いている。
<本来豊かな恵みをもたらしてきた中山間地域での生活が温暖化の影響を受けた異常気象によりいつどこでも大災害に転じてしまう、大災害に見舞われ災害格差が生じてしまうということへの警鐘を込めたつもりである>
(文・アサヒカメラ 米倉昭仁)
【MEMO】海老名和雄写真展「恵みと試練-丸森 2019-」
ニコンプラザ東京 THE GALLERY 8月17日~8月30日