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「タイポロジーでいいんだ、と思ったとたん、全部思い浮かんだ」
そこで澤田さんは発想を大きく切り替えることにした。勝負に出た。
「思い切ってセルフポートレートじゃないものをつくろう。そうすれば、この状況から逃げきれると思ったんです」
思いついたのは、ハインツ社のアイコンのようなケチャップとマスタードのボトルをさまざまな外国語に「変装」させるアイデアだった。
「そうしたら、大成功したんです。すごく反響がよくって」
さらに、もう一つ、大発見をした。「Sign」の発表後、畑先生との対談の資料づくりで、並んだボトルの写真を見ていたとき、ふと気がついた。
「そうか! 私、セルフポートレート作家じゃない。タイポロジー(類型学)作家だったんだ!」と。
「対談で先生に『私、タイポロジー作家なんじゃないかな』という話をしたら、『そうだよ』って。もっと早く言ってほしかった。『でも、自分で気づかないとダメだったよね』って」
吹っ切れた。「すごくすっきりした」。自分のスタイルが「タイポロジー」であるならば、それがセルフポートレートであろうが、なかろうが、私のスタイルなんだ、と思えるようになった。
「それでつくったのが『FACIAL SIGNATURE』(15年)の300枚のグリッドのセルフポートレート」
この作品のアイデアは「Sign」の前からあったが、「どう、かたちにしていいかわからなかった」。
それが、「タイポロジーでいいんだ、と思ったとたん、全部思い浮かんで、すぐにつくれたんです」。
畑先生は「すごいスランプだったけれど、大復活して前より元気になった」と、喜んでくれた。

這い上がって、ようやく、ここまでこれた
今回の個展の準備中、毎朝、JR恵比寿駅で自分の写真展のポスター目にするたびに涙がこぼれおちそうになったという。
「ずっと、ここで個展をするというのは夢の一つだったんです。もうやめるしかないのかなという状況から這い上がって、ようやく、ここまでこれた。10年前にあきらめないで本当によかった」
同時に、「ここも一つの通過点でしかなくて」とも言う。
「70歳、80歳まで作家人生があるのならば、まだ倍くらいあるな、と」
現代美術としての写真に浪花節は必要ないかもしれない。しかし、写真集を開き、トマトケチャップの作品を見ると、澤田さん復活のドラマが思い浮かぶ。
(文・アサヒカメラ 米倉昭仁)
【MEMO】
澤田知子写真集『狐の嫁いり』(青幻舎)は普及版のほか、限定100冊の特装版も予約販売中。こちらは専用の外箱に入ったA6判、糸かがり・ドイツ装、厚み10.5センチ、1552ページ。サイン入りオリジナルプリントつき(「Reflection」シリーズより100種/各エディション1のみ)。10万円(税別)。展覧会期間中は、東京都写真美術館のミュージアムショップ「ナディッフバイテン」と、「ナディッフ」のオンラインショップのみでの取り扱い。発送は4月中旬予定。
「澤田知子 狐の嫁いり」展
東京都写真美術館 3月2日~5月9日
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