撮影:久保田良治
撮影:久保田良治

「A Door of Hope」。毎日、この標語の下をくぐった

 2018年、久保田さんは写真の仕事を探すため、片道航空券とわずかな資金を持ってカナダに渡った(カナダを選んだのは、所持していた労働ビザの事情による)。

「それまではニュージーランドにいたんです。写真スタジオで下働きをしていた。でも、先がないなと思って」

 カナダ東部の大都市、トロントで写真の仕事を探した。写真に関わる仕事だったらなんでもやろうと、手当たり次第にやってみたが、収入には結びつかなかった。生活に困った。

「そんななか、シェルターにたどり着いた。帰国せずにシェルターに入ったのは、そこまでしてでも写真の仕事をしたいという、強い覚悟があったからです」

 トロント市のホームページによると市内には約50カ所のシェルターが設けられ、何らかの理由で家を失った人に夜寝る場所や食事を無料で提供している。

 久保田さんが滞在していたのはどんな場所ですか? と、たずねると、「けっこう広かったですね。あのビルくらい」と言って、窓の外を指さす。「お世辞にもきれいとは言えないですけど」。

 返す言葉に詰まった。手にした写真に目を落とすと、(ここで暮らしていたのか)と思う。そこに写った建物の内部は説明以上に無機質で、陰鬱な空気で満ちている。

 久保田さんがそのうちの一枚を指さす。「A Door of Hope」とある。作品の題名だ。シェルターのあちこちにあった標語という。「ぼくは毎日その下をくぐっていた。だから、タイトルはこれしかない」と。

「ここでいっしょにいたのは60人くらい。私物は最低限。なけなしの金とタバコ、服とか。でも、携帯電話は案外持ってましたね。どういう入手経路かはまったくわからないですけど」

 問題を起こして出入り禁止になる人など、入居者の入れ替わりがけっこうあり、盗難や喧嘩は日常茶飯事だったという。

撮影:久保田良治
撮影:久保田良治

GRIIなら同じ目線、同じ高さで撮れるのを感じた

 そんな場所にカメラを持ち込み、撮影するのは危険ではないか? 聞くと、やはりそうだと言う。

「カメラを盗まれるのが怖くて。今回の撮影はGRII(リコーイメージングのコンパクトデジタルカメラ)なくしてありえなかった。カメラが小さかったせいか、それほど狙われなかった」

 一眼レフも持ってはいたが、ほとんど使わなかった。それは標的になりやすいというほかに、もう一つ理由があった。

「直感的に(ああ、これは違うな)と思ったんです。同じところにいて、そのへんの路上に寝そべっていたりするような仲なのに、立派な大きなカメラで写したら、上から目線で撮るみたいな感じになってしまう。(これじゃあ、ダメだ)と思った。でもGRIIなら同じ目線というか、同じ高さで撮れるのを感じた」

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