「morris」店主の松田徹時さん。こだわりの一杯を作り続ける(筆者撮影)
「morris」店主の松田徹時さん。こだわりの一杯を作り続ける(筆者撮影)

 満を持して08年5月、「morris」はオープンした。店名は、実話をもとにしたアメリカ映画「オールドルーキー」の主人公で、野球選手のジム・モリスから拝借した。モリスはMLBドラフト指名されたが、肩の故障のため解雇。その後、高校で野球部のコーチとなり、チームが大会で優勝したらプロテストを受けると約束。宣言通りチームを優勝に導き、自身も35歳で入団テストを受けてメジャーリーガーとなった。松田さんはモリスの人生と照らし合わせ、「もう一度人生で勝負したい」という気持ちを店に込めたのだ。

「ラーメンは麺もスープも具材も全部作ってこそだと思い、150万円で製麺機を買って自分を追い込みました。製麺なんて全くやったことなかったんですよ(笑)。今も海苔以外はすべて手作りにこだわって作っています」(松田さん)

150万円で購入したという製麺機(筆者撮影)
150万円で購入したという製麺機(筆者撮影)

 工事と設備にお金をかけすぎて、オープン当時の松田さんの通帳には5万円しか残らなかった。宣伝もせずにひっそりと開店したため、客は全く来なかったという。1日20杯程度という売り上げが続き、3カ月目には従業員の給料が払えなくなり、ついにはキャッシングに手を出していた。じきに従業員は辞め、松田さんは120連勤、毎朝5時から翌朝2時まで働く日々が続いた。

 売り上げが立たないこと以上につらかったのは、商店街の中での“外様感”だ。突然現れたオシャレな外観の店を見て、「ここは原宿じゃねえんだぞ」と言われることもあった。当時は周りがみんな敵に見えたという。

 このままでは閉店の危機という時に、ラーメン評論家の大崎裕史さんが雑誌の特集で「morris」を紹介したことをきっかけに、少しずつ売り上げが伸びていく。松田さんの手作りの味にファンが付き始めたのだ。それ以来、次々にテレビや雑誌の取材が舞い込み、口コミもどんどん広がっていった。

ツルツルの太めの自家製麺がおいしい(筆者撮影)
ツルツルの太めの自家製麺がおいしい(筆者撮影)

「morris」では、魚介と豚のスープを別々にとり、丼で合わせる「真のWスープ方式」にこだわる。麺はツルツルの太めの自家製麺。なかなか他では食べられないこだわりの一杯に、多くのファンが唸っている。

「しながわ」の品川さんは、「morris」のファンだ。

「とても居心地のいいお店です。自家製麺の美味しさはもちろんですが、何よりお店の清潔感がいい。食事をするところとして、ベストだと思っています。女性のお客さんもたくさんいて、すごいなと思います」(品川さん)

「morris」の中華そばは800円。海苔以外全て自家製という手の込んだ一杯だ(筆者撮影)
「morris」の中華そばは800円。海苔以外全て自家製という手の込んだ一杯だ(筆者撮影)

 その松田さんは、品川さんに憧れているという。

「私もよく品川さんのお店に食べに行っていました。こんなラーメン屋をやりたいと思わせてくれる、憧れのお店です。品川さんはお若いのですが、とても落ち着いているのではじめは年上かなと思っていました(笑)」(松田さん)

 あっさりしたラーメンをしっかりと作ることにこだわる二人。流行に左右されない美味しさの裏には、並々ならぬ思いがある。(ラーメンライター・井手隊長)

○井手隊長(いでたいちょう)/大学3年生からラーメンの食べ歩きを始めて19年。当時からノートに感想を書きため、現在はブログやSNS、ネット番組で情報を発信。イベントMCやコンテストの審査員、コメンテーターとしてメディアにも出演する。AERAオンラインで「ラーメン名店クロニクル」を連載中。Twitterは@idetaicho

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