3月上旬、東京・新宿のカフェで新刊本ゲラの確認作業。その間も依頼のDMは届く。「亡くなったおじいちゃんの生家を一緒に探してほしい」「『となりのトトロ』を歌うので聴いてほしい」「人に話せない自慢を聞いてほしい」(撮影/東川哲也)
3月上旬、東京・新宿のカフェで新刊本ゲラの確認作業。その間も依頼のDMは届く。「亡くなったおじいちゃんの生家を一緒に探してほしい」「『となりのトトロ』を歌うので聴いてほしい」「人に話せない自慢を聞いてほしい」(撮影/東川哲也)
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冷たい雨の降るなか、東京・多摩地区にある国公立大学で合格発表に同行する。依頼者から、受験番号を見に行く様子を動画撮影してほしいと頼まれた。この時間、胴上げや万歳をする姿は特に見られなかった(撮影/東川哲也)
冷たい雨の降るなか、東京・多摩地区にある国公立大学で合格発表に同行する。依頼者から、受験番号を見に行く様子を動画撮影してほしいと頼まれた。この時間、胴上げや万歳をする姿は特に見られなかった(撮影/東川哲也)
1台のスマホがひとを繋いでいく。彼を「面白い船が集まる港」と評した人がいた。筆者は「教会の懺悔室」だと彼を見る。依頼者は「何か」から赦されていく(撮影/東川哲也)
1台のスマホがひとを繋いでいく。彼を「面白い船が集まる港」と評した人がいた。筆者は「教会の懺悔室」だと彼を見る。依頼者は「何か」から赦されていく(撮影/東川哲也)

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 何もせず、ただいるだけなのに次々と依頼がくる。彼にしてほしいことも、特に、ない。モヤモヤすることを吐き出したいだけ。心が揺れるとき隣にいてほしいだけ。一人ひとりが偽りない自分の気持ちを解放できる場として、彼の「存在」はある。何ができようができまいが、人は生きているだけで価値があることを実証している。

 「『レンタルなんもしない人』というサービスを始めます。1人で入りにくい店、ゲームの人数あわせ、花見の場所とりなど、ただ1人分の人間の存在だけが必要なシーンでご利用ください。国分寺駅からの交通費と飲食代だけ(かかれば)もらいます」

 2018年6月3日、こんな1通のツイートに、たちまち全国から約4万を超える「いいね」が付いた。この日を境に、発信者のもとには連日、じつに多様な依頼が舞い込むようになった。

 彼の名は「レンタルなんもしない人」(本名・森本祥司<もりもと・しょうじ>、36)。依頼はこんな具合だ。

「引っ越しを見送ってほしい。友達だとしんみりしすぎてしまうので」

離婚届の提出に同行してほしい」

「一緒にクリームソーダを飲んでほしい」

 津々浦々から届く、こうした依頼を、ツイッターのDM(ダイレクトメッセージ)で受け取るや、彼はそれに応じ、この時に起こったことや抱いた感想について、許可を得た上で後日ツイート。

 彼は、依頼者を前に、びっくりするほど「なんもしない」で帰ってくる。厳密に言えば「クリームソーダを一緒に飲む」という行為をしているのかも知れないが、まあ、そうした細かいことは言及しない。とにかく「なんもしない」のだ。

 そんな彼の活動の始終を見守るフォロワーは今、約26万2千人(4月20日現在)を数える。ツイッターの世界で彼の名を知らぬ人はいない。

 緊急事態宣言が言い渡される直前の、ある朝。

 東京・多摩地区にある国公立大学の正門前に、トレードマークの帽子にパーカー姿で彼は立っていた。彼を呼んだ今回の依頼者は、福岡県出身の予備校生の男性(19)。この日の約3カ月前、男性はDMで彼にこんな依頼文を送っていた。

「3月10日は空いていますか。用件は、大学の合格発表を一緒に見てほしいことです。その後、どこかでお茶でも少しできればと思っています」

 翌日、彼から一言だけ、返信が届く。

「OKです」

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