教育は、係争地域や難民の子どもたちをリスクから遠ざける一番の武器、と信じてやまない(撮影/岸本絢)
教育は、係争地域や難民の子どもたちをリスクから遠ざける一番の武器、と信じてやまない(撮影/岸本絢)
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「HEROs AWARD」の表彰式で。「アスリートは世界一を目指し、そのためにすべき努力の仕方を知っている。その武器をセカンドキャリアでも生かしてほしい」と後輩たちに力説(撮影/岸本絢)
「HEROs AWARD」の表彰式で。「アスリートは世界一を目指し、そのためにすべき努力の仕方を知っている。その武器をセカンドキャリアでも生かしてほしい」と後輩たちに力説(撮影/岸本絢)
日本に帰国し、旧知の友人たちと美味しいものを食べながら語り合うのが至福の時という。帰国するたびに会うのが岩崎恭子(左)を始めとする水泳仲間。たわいのない女子トークが延々続く(撮影/岸本絢)
日本に帰国し、旧知の友人たちと美味しいものを食べながら語り合うのが至福の時という。帰国するたびに会うのが岩崎恭子(左)を始めとする水泳仲間。たわいのない女子トークが延々続く(撮影/岸本絢)
帰国するたびに大学や高校から講演依頼が舞い込む。国際支援に関する鋭い質問が多く、仕事内容の具体的な説明をする機会が増えた。この日は上智大学で(撮影/岸本絢)
帰国するたびに大学や高校から講演依頼が舞い込む。国際支援に関する鋭い質問が多く、仕事内容の具体的な説明をする機会が増えた。この日は上智大学で(撮影/岸本絢)

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 どんなに活躍しているスポーツ選手でも、やがては引退の日が来る。第二の人生をどう歩むか、みんな頭を悩ませる。水泳のオリンピアンでもある井本直歩子は、人道支援の道を選んだ。現役時代から、格差を目の当たりにした結果だった。「やっと自分の居場所にたどり着いた」と、ガーナ、シエラレオネ、ルワンダと渡り歩いた。今はギリシャで教育支援に携わる。

 172センチの長身にロングドレスを纏い、その女性は厳かに壇上へ上がろうとしていた。会場には中田英寿、井上康生、佐藤琢磨、萩原智子など日本スポーツ界の名場面を飾った選手250人がブラックタイやドレス姿で集合し、その女性を凝視している。だが、階段に足を掛けた途端にヒールが脱げ、危うく転げそうになった。
 
 煌びやかな会場で、いきなりズッコケそうになるのは、いかにも彼女らしかった。
 
 2019年末、アスリートの社会貢献活動を称える「HEROs AWARD」の表彰式が都内のホテルで行われた。19年度受賞者の女性部門は、1996年のアトランタ五輪に出場した元競泳選手で、現在は国連児童基金(ユニセフ)職員の井本直歩子(43)が選ばれた。現赴任地のギリシャで受賞の知らせを受けた時、井本は「なぜ私が?」と戸惑ったという。紛争国の緊急支援や、貧困・難民の子どもたちへの人道支援の仕事を始めてから、すでに16年。その間、困窮を極める10カ国を渡り歩いてきた。「なぜ今?」と井本が不思議に思っても当然だった。

「私は国連職員。人道支援活動はいわば仕事ですから、アスリートの社会貢献活動とは違う。だから、賞を頂いていいのかなという迷いはありましたけど、久々に日本に帰れるし、私は日本では忘れられた存在だと思っていたのに、評価して下さる方もいるんだと嬉しかった」

 この夏、東京五輪が開催される。出場する日本人選手は歴代最多の500人以上と目されているが、宴の後、彼らが決まって頭を痛めるのがセカンドキャリアだ。現役中はわき目も振らず競技に邁進するため、いざ実社会に出ようとすると、社会経験の浅さに戸惑い、就活に苦労する。現役引退後、国際支援の道を選び途上国を飛び回る井本の行動力と実績は、これからの日本人選手たちのロールモデルになると、焦点が当てられたのだ。

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