■命がけで取り組むアウトリーチ活動

 このような聴衆との関わり方は、バルトーク音楽小学校時代に参加したアウトリーチ活動の経験から生まれたものである。教師がトラックに楽器と子どもたちを乗せ、長時間運転して地方へ行っては演奏を披露する。幼稚園、学校、少年院、病院、高齢者施設。クラシック音楽からもっと気楽な曲までを演奏し、時には聴衆に参加してもらうのだ。リスト音楽院大学時代には、ガーボルが熱心にアウトリーチ活動を実践していた。それはハンガリーという国が持つ、音楽的土壌の豊かさを示すものである。

 国内外でたくさんの演奏会を開く。それが恵まれたことだと彼は自覚している。その一方で、時には調律してもガタガタが直らないピアノを弾きながらアウトリーチ活動に取り組むことが、「自分の音楽の原点」とも話す。金子は「命がけでやっている」と言った。慎重に言葉を選ぶ彼にしては珍しい。

 今では金子はすっかり人気ピアニストとなり、日本はもちろんハンガリーや欧州、アジアへと活躍の場を広げている。最近は中央アジアのカザフスタンへ出かけて演奏し、新しい街を一から建設してしまうような発展ぶりに驚いて帰ってきた。彼は日本国籍を持つが、ハンガリーでは二重国籍が認められているのでハンガリー人でもある。その視野はおのずと俯瞰的になる。

「シルクロードの西の端はハンガリー、東の端は日本ですから。ハンガリーの作曲家コダーイは民族音楽の研究家でもありましたが、彼はアイヌの言葉や風習が驚くほどハンガリーのそれに似ていると知っていました。驚くべきことですよね」

 金子は、これからクラシック音楽がどうなっていくか考えることが増えている。芸術家だからといって特別扱いしてもらえる時代ではない。恩師や自分を支えてくれる関係者は皆それを意識し、まわりへの感謝を忘れてはいけないと教えてくれた。それなら自分は何をすべきなのか。

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