極限まで強度を高めたコンクリートを踊るように打ち放つ自力建築は、見る者の魂を揺さぶる(撮影/加藤夏子)
極限まで強度を高めたコンクリートを踊るように打ち放つ自力建築は、見る者の魂を揺さぶる(撮影/加藤夏子)

通常1階分ずつ行うコンクリート打設を、岡は手の届く70センチごとに行う。水分を限界まで抑えた最強コンクリートは、さらに打ち継ぎ面を丁寧に洗うことで結晶レベルで一体化し、浸水を許さない(撮影/加藤夏子)
通常1階分ずつ行うコンクリート打設を、岡は手の届く70センチごとに行う。水分を限界まで抑えた最強コンクリートは、さらに打ち継ぎ面を丁寧に洗うことで結晶レベルで一体化し、浸水を許さない(撮影/加藤夏子)
隠れ家のようにしている波止場で、潮風に吹かれながら缶ビールを片手にボーッとする。金などかけなくても、暮らしを豊かにする方法を岡はたくさん知っている(撮影/加藤夏子)
隠れ家のようにしている波止場で、潮風に吹かれながら缶ビールを片手にボーッとする。金などかけなくても、暮らしを豊かにする方法を岡はたくさん知っている(撮影/加藤夏子)
「蟻鱒鳶ル」は命名を頼まれた友人のマイアミこと吉野正哲(45)が1年がかりで苦し紛れにひねり出した「ありますビル」がベース。陸海空の生物を網羅したカッコいい響きだが、高尚な意味はない(撮影/加藤夏子)
「蟻鱒鳶ル」は命名を頼まれた友人のマイアミこと吉野正哲(45)が1年がかりで苦し紛れにひねり出した「ありますビル」がベース。陸海空の生物を網羅したカッコいい響きだが、高尚な意味はない(撮影/加藤夏子)

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 東京都港区三田の聖坂を歩くと、まるでガウディの建築のように凝ったつくりをしたコンクリートの建物が現れる。岡啓輔が建築中の「蟻鱒鳶(アリマストンビ)ル」だ。千年もつといわれる強いコンクリートを練り、自力で黙々とつくり続けて14年。蟻鱒鳶ルには、岡の人生が詰まっている。建築家としての矜持(きょうじ)、父の人生、この世界で生きること。皆が完成の日を待ちわびている。
 
 トロ舟と呼ばれるタライに砂利と砂とセメントを入れ、少しずつ水を加えながら鍬(くわ)で丁寧に混ぜていく。地表を掘り下げた地下1階の作業スペースは、盛夏にもかかわらず井戸の底のように冷気を湛(たた)えて心地よい。それでも黙々と作業を続けるTシャツ姿の岡啓輔(おか・けいすけ)(53)の額は、見る間に玉の汗で埋め尽くされていく。
 
 東京都港区三田。慶應義塾大学の学生やサラリーマンでごった返すJR山手線田町駅から徒歩10分弱、幹線道路から1本隔てた「聖坂」に建設中の地上4階地下1階のコンクリートビル。土地購入から設計施工まで岡一人の人力で進めている「蟻鱒鳶ル」は、周囲を睥睨(へいげい)するトーチカのような、それでいて近づいて触れれば吸い付くような温もりを感じる不思議な建物だ。着工から14年、完成間際で足踏みしながら、このビルは確実に生きている。採算を度外視して水分量を限界まで減らしたコンクリートは、優に200年はもつという比類なき堅牢さで今に生きるわれわれの魂を包み、未来の人類に伝えてくれるに違いない。
 
 岡が練る生コンクリートは、混ぜる水が、石灰石を主原料とするセメントの重量の37パーセント。通常の生コンの水セメント比は60パーセント程度で、鉄筋コンクリート建築の法定耐用年数は概(おおむ)ね50年だ。その耐用年数も、実は徐々に短縮されてきた経緯がある。水が多い生コンの方が扱いやすく、コストも安くなるからだ。岡と親交の深い建築史家で早稲田大学教授の中谷礼仁(54)はこう評価する。

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