熊本市や児童相談所(児相)は出生届、戸籍の対応など混乱を極め、慈恵病院との対立は激化したが、2月に大西一史市長が「協力へ」と方針転換。両者が連携して最善の選択を検討していくことになった。
ところが、熊本市児相が女性に関して社会調査を行っていることがわかった。社会調査とは子どもや保護者などの置かれた環境、問題と環境の関連、社会資源の活用の可能性を明らかにし、どんな援助が必要かを判断するための調査のことだ。児童福祉法にのっとって児相が保護児童を措置する際に必要だというが、調査のためには女性の身元を捜すことになる。社会調査では、母親の身元情報にたどり着く可能性がある。それでは女性の知られたくない権利は保障されないことになる。
大西市長は児相の対応について次の見解を示した。
「産んだ女性がなぜ内密出産を選ばなくてはならなかったのかを理解し、可能な限り福祉サービスなどにつないで自分で育てられる手段を探るために社会調査は必要だと考えます。社会調査は赤ちゃんのためだけではなく母親のためでもある」
前出の石黒氏はこう指摘する。
「子どもの代弁者である児相に対し、女性の代弁機能はありません。児相としては、母親が守らないなら子どもたちの側に立ってやらないといけないと考えている。その考えが一概に悪いとは言わないが、女性の妊娠や出産を他者に知られたくない権利は憲法13条で保障されている人格権にあてはまる。今回、産んだ女性は慈恵病院を信頼して来院していて、慈恵病院は女性と信頼関係をつくり緻密に女性の背景を聞き取っている。にもかかわらず、熊本市が女性の身辺を調査するのはプライバシー権を侵害しています」
児相は子を保護する立場、
可能な限り実親に戻す
冒頭の米国の中絶権をめぐる裁判では、州が胎児を保護する立場をとり、女性のプライバシー権と対立した。熊本市が内密出産の対応で子どもの側の代弁者しか立てていないことに、石黒氏は同質のパターナリズム(父権主義)を感じるという。
日本には内密出産を定めた法律がない。法学者の床谷文雄・奈良大学文学部教授は、内密出産の事例が発生したら、母の身元調査をしないままに児童相談所が養子縁組の手続きに進むことは考えにくいと、早い段階で指摘していた。予想通りのことが起きた。