熊本市の慈恵病院が独自に受け入れている「内密出産」をめぐり、自治体が母親の身元調査を実施している。妊娠や出産を誰にも知られたくない権利は守られないのか。AERA 2022年7月4日号の記事を紹介する。
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いま米国では、中絶問題を巡って国を二分する騒ぎになっている。そんな中、人工中絶の権利を認めた1973年の「ロー対ウェイド判決」が覆る可能性があるとの情報が漏洩(ろうえい)した。弁護士の石黒大貴氏には、そのニュースがひとごとに思えなかったという。
「日本の熊本でも同質のことが起きていると思いました」
石黒氏が指しているのは、内密出産をめぐる熊本市の対応のことだ。
内密出産とは、妊娠を誰にも知られたくない女性が、病院で安全に出産し、赤ちゃんの養育を第三者に託すというものだ。熊本市の慈恵病院が2019年に実施の意思を示し、22年1月、初めての受け入れを公表した。
同院が独自に内密出産に取り組んだきっかけは、07年に匿名で赤ちゃんを預けられる「こうのとりのゆりかご」を始めた際、赤ちゃんの出自を知る権利を担保できない、危険な孤立出産と安易な預け入れを助長するといった批判を受けたことだった。
ゆりかごに預け入れた女性、
多くに被虐体験や発達障害
内密出産1例目の未成年女性は、母子家庭に育ち、過干渉な母親との緊張関係、赤ちゃんの父親にあたる男性からのDV被害があった。慈恵病院によれば、この女性に限らず、ゆりかごに預け入れた女性の8~9割に被虐体験または神経発達症(発達障害)を見過ごされてきた背景があった。
同院は、女性の「妊娠・出産を知られたくない権利」と生まれた子どもの「出自を知る権利」という二つの対立する権利が守られることを目指し、女性は出自を証明する書類のコピーを病院の特定の人物に託して、子どもが将来希望すれば情報の開示を求めることができるようにした。女性は健康保険証と高校時代の学生証のコピーを託して去った。