デンマークに留学して
選挙の熱気に刺激受ける

 受験して私立豊島岡女子学園高校に進んだ。東大合格者ランキングで上位にあがる中高一貫校。入学後は中学からの内部生がみんな優秀に見えた。それまで地元では「頭がいいキャラ」と思っていた能條は、劣等生意識に苛まれる。それに加え、自分が育ってきた環境に罪悪感のような感情も芽生え、モヤモヤした。

 高校ではみんな家庭の環境は似ていた。親が一様に教育熱心で、比較的安定した家庭で育った子が多かった。なかには「東大以外は大学じゃない」といった価値観で育てられた子もいる。

 地元の公立中学と明らかに環境が違った。中学の友だちには、生活保護世帯や親の世話などで不登校になった子もいた。目の前の子たちには想像もつかない世界だろうな──。

 自分だって高校受験のために、高い塾代を親に払ってもらった。自分には「自動ドア」が開いていただけだと、初めて社会の階層を意識した。

 悩み多き高校時代、人生や社会のことを語り合える友人が増え、深いところで共感し合える知己を得たことは、救いだった。平野佑季もその一人。平野は能條との思い出を、こう話す。

「当時、持ち物は指定の肩掛けに入れる決まりで、私たちは『教科書が重過ぎてよろける』って身体への負担を学校に訴えたんです。それで、リュック登校を認めてもらえて。思春期特有のプチ反骨。あの時から、ちょっとしたアクティビストだったねと、この前、ももちゃんと話してたんですよ」

 大学は慶應義塾大学の経済学部に進学した。サークル活動など、大学デビューの浮かれた熱は「あっという間に冷めた」。それより、自分の将来を考え、「将来子どもを産んだら、キャリアが一回止まる?」という焦りが募った。

 専業主婦の家庭で育った能條は、「お父さんみたいにバリバリ働ける人になりたい」と考えてきた。高校時代にシェリル・サンドバーグの『リーン・イン』を読み、ジェンダー格差の是正に課題意識を持ったが、「私が大人になるころには解決してるかな」と淡い期待を寄せていた。

 ところが、「女子が2割」(能條)の経済学部に入り、男女の格差をより意識するようになった。経済学は、際限ないコストカットを強いる資本主義の強者の論理に立っているとも感じていた。

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