だが、「琥珀」のようにしじみだけに特化したお店はほとんどなく、ひと口でしじみをこれほどまでに感じられるラーメンは今までなかったと言ってもいい。
だからこそ、岩田さんは「しじみラーメン」が大行列店になるとは想像していなかったという。まずは自分の目指す一杯を作りあげ、地元のお客さんで成り立つお店を目指していた。すでに一定の人気を集めていたハマグリでもなく、近年ブーム化している鶏清湯や濃厚系でもなく、自分の道を貫いた姿勢が功を奏したのかもしれない。庶民的な味わいのしじみで上品な旨味を演出し、それが受賞にも結びついたのだ。
人気店ができるとそれにインスパイアされるお店が増え、ブーム化するというのはよくある流れだ。だが、しじみラーメンは真似をするのが難しい。製法ももちろんだが、何より原価率の壁が立ちはだかる。ラーメン店を成り立たせるうえで、理想とされる原価率は30%ほど。「琥珀」は生産地と値段の交渉がうまくいっているとはいえ、それでも原価率は40%を超えているという。
しじみラーメンはお酒を飲んだ後にピッタリなこともあり、今後は繁華街で朝まで営業できるお店を作りたいと岩田さんは考えている。都心だけでなく、「琥珀」を起爆剤に、しじみの産地である宍道湖でご当地ラーメンのように「宍道湖しじみ中華蕎麦」が広がっても面白い。だが、多店舗展開するにあたって「琥珀」もコストの壁を越えていかなければならない。
限られた素材をむやみやたらに仕入れるお店が増えると、他のお店の仕入れにも影響してくる。貝だしラーメンに注目が集まる一方で、ハマグリなどは国内生産量が年々減少し、価格も高騰しているのが現状だ。本当に美味しいラーメンが残るためには、産地側も食材をおろす先をしっかり選ぶなど、ある程度の条件設定が必要になってくるだろう。(ラーメンライター・井手隊長)
○井手隊長(いでたいちょう)/大学3年生からラーメンの食べ歩きを始めて18年。当時からノートに感想を書きため、現在はブログやSNS、ネット番組で情報を発信。イベントMCやコンテストの審査員、コメンテーターとしてメディアにも出演する。AERAオンラインで「ラーメン名店クロニクル」を連載中。Twitterは@idetaicho
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