「武部君はアーティスティック。内側に成功のイメージを持ち、そこに集中できる」(横浜市大教授・谷口英樹)(撮影/鈴木愛子)
「武部君はアーティスティック。内側に成功のイメージを持ち、そこに集中できる」(横浜市大教授・谷口英樹)(撮影/鈴木愛子)
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臨床医か研究者か。迷った時、留学先で見た臓器移植希望者のリストが脳裏に浮かんだ。重症度の高い患者は「間に合わない」と外されていく。「臓器移植に代わる治療法を研究して、助かる人を増やしたい」(撮影/鈴木愛子)
臨床医か研究者か。迷った時、留学先で見た臓器移植希望者のリストが脳裏に浮かんだ。重症度の高い患者は「間に合わない」と外されていく。「臓器移植に代わる治療法を研究して、助かる人を増やしたい」(撮影/鈴木愛子)
「体形指導にZOZOスーツを使おうか?」。こんな武部のアイデアに、YCU-CDCのスタッフは満面の笑み。武部とはフラットな関係で、「先生からハラスメント? ないですね」「逆に私たちがしちゃってる(笑)」(撮影/鈴木愛子)
「体形指導にZOZOスーツを使おうか?」。こんな武部のアイデアに、YCU-CDCのスタッフは満面の笑み。武部とはフラットな関係で、「先生からハラスメント? ないですね」「逆に私たちがしちゃってる(笑)」(撮影/鈴木愛子)
横浜滞在中に通うラーメン店で。市内の自宅は学生時代から4畳半のままで、寝に帰るだけ。「洋服があり得ない所にかかっていたり。部屋は見せられません(笑)」(撮影/鈴木愛子)
横浜滞在中に通うラーメン店で。市内の自宅は学生時代から4畳半のままで、寝に帰るだけ。「洋服があり得ない所にかかっていたり。部屋は見せられません(笑)」(撮影/鈴木愛子)

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「医師免許を持つのに医者じゃない」人生を選んだ。再生医療研究に舵を切り、26歳で世界に先駆け「ミニ肝臓」を発見する。

 胸にあるのは、父の闘病風景。小3の時、父は脳卒中で倒れた。母は看病につきっきり。ガラリと変わる生活に、不安と戸惑いを覚えた。

 先端の科学技術を駆使しても、医療で掬(すく)いきれない「生活の課題」の大きさを肌身で知る。新たな社会の<デザイン>に望みをかける。

 横浜にある京急杉田駅前のビルの奥まったところに、こぢんまりした老舗ラーメン店「満州軒」はある。5月上旬、店のカウンター席に米国から一時帰国した武部貴則(たけべ・たかのり)(32)の姿があった。

 見た目はやや童顔の「ジャニーズ顔」。店の主人は感慨深げに言う。
「私はてっきり、大学生だと勘違いしていてね。テレビのニュースを偶然見て、うちのお客さん、こんな世界的な人だったのかと驚きましたよ」

 武部は再生医療を研究する科学者で、複数のラボを構える研究室の主宰者(Principal Investigator)。世界の著名な科学者らと議論を交わし合う、若手の実力者だ。

 横浜市立大学の医学部時代から10年近くこの店に通う。ドロリとしたネギ油に麺を絡め、香ばしい香りを広げながら無邪気な笑顔を浮かべた。

「ネギが好物で、いつもこがしネギ正油ラーメンにネギ飯も付ける。『ネギ・ネギ』ですね」

 全て平らげると、武部が得意とするプレゼンの話に。武部の講演は「神がかっている」と評判を聞き、学会に足を運んでそれを体感した。ネイティブ並みに流暢な英語に加え、エモーショナルな動画が印象的だ。素人にも、ミクロのダイナミズムが直感的に伝わる。へー、血管の細胞って、肝臓の細胞の中でこんなふうに網の目状に張り巡らされて作られていくんだと。

「見た人の頭の中に、細胞の構造も組織同士の組み合わせも瞬間的にすっと入るようなアシストをする画像を撮る。そこまでしないと、僕のプレゼンの<デザイン>は完成しない」(武部)

 デザインの話を、こんなに熱量を込めて話す科学者も珍しい。学部時代からの親友で国立成育医療研究センターの竹内一朗(33)は言う。

「彼は僕の結婚式でスピーチする時さえ、パワポで凝った動画付きのスライドを作ってきた(笑)。人にこう伝えたいという気持ちがアツい。普通の人とギアが1個違う。本来的にはアーティスト。おまけに集中力は桁外れ。彼のパッションに任せて、ギアをギュイーンと上げていく」

■何げなく混ぜた三つの細胞、誕生したのが臓器の芽

 興味のあることには何十時間でも没頭する武部。彼のエネルギーが枯渇しないのは、「まわりからどうみられるかという心配にエネルギーを使わないからじゃないかな」と竹内は笑う。

「自分がうまいと思うものをひたすら食う。着たいもんを着る。やりたい研究をやるっていうのが彼。昔、ドクロのTシャツ姿で先生から『医学部生が病院内でそんなの着んな』と怒られていた」

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