武部は医学部を卒業してすぐ、iPS細胞(人工多能性幹細胞)を使って立体的な「ミニ肝臓」を作ることに成功。2013年には英国の科学誌「ネイチャー」に論文が掲載された。

 幹細胞から目的に応じて個々の細胞を作り出す研究は進んでいるものの、立体的な構造を持ち機能する「臓器」そのものの創出の成功は、世界でも類を見ない。大きさは直径数ミリ。いわば「臓器の芽」だ。彼の研究成果により、臓器移植に代わる「夢の再生医療技術」の可能性が一気に広がった。シャーレで育てた多数の「芽」を病気になった肝臓の周辺に移植し、体内で成長させることによって、病気で失われた機能を補う――。現在、そんな治療法を研究している。

 この「芽」をマウスに移植すると、ヒトの血管網を持つ機能的な肝臓へと成長することも確認できたため、臨床試験を目指して準備中だ。さらにこのメカニズムを応用し、膵臓、腎臓、腸など他の臓器から分離した細胞を使い、3次元的な臓器の芽を作ることにも成功している。

 世界的に注目されるような研究を、武部はどう成功させたのか。それは偶然から始まった。捨てるはずだった3種類の細胞を何げなく「混ぜてみた」ことが発端だった。しかも、通常は細胞同士が混ざらないように接着剤が付いているシャーレを使うのだが、誤ってコーティングがされていないものを使ってしまった。すると紐状の組織が出来た。周囲は「ゴミじゃん」と見向きもしなかった。だが武部が柔らかいゲルを敷いてもう一度混ぜてみたところ、動き回る細胞がモコモコと集まりだし、直径数ミリの構造体が出来上がった。これが「ミニ肝臓」だった。

「人に見向きもされない段階のものでも、僕はちょっとでも違和を感知したら、めちゃめちゃ投資したいと思うところがある。むしろ違和感のあるものにしか可能性はないと思っている」(武部)

■ネガティブな条件をあえて実験に取り込む

 武部の好きな言葉は、ふとした偶然から幸運をつかみ取る能力といった意味の「セレンディピティー」だという。武部の指導のもと、東京医科歯科大学の大内梨江(32)が第一著者としてまとめた論文が5月末、米国の科学誌に掲載されたが、これもまた、セレンディピティーと言っていいかもしれない。

 大内らはiPS細胞を使い、肝炎の状態を再現した「ミニ肝臓」の作製に成功した。iPS細胞から作った「臓器」で病気を再現したのは世界初だ。病気を再現した臓器が作れたことで、患者の体内に近い状態が外から見える形で観察できるようになった。武部の言葉を借りれば、「患者さんのアバター(分身)として使う」ことで、効きやすい薬の判別などに生かせるようになるという。例えば、ある患者のiPS細胞を使ってミニ臓器を作り、その人に合う薬の候補をスピーディーに特定して「オーダーメイド」の薬を投与する。そんな、「個別化医療」も視野に入ってくるというのだ。

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