この友人とは今も交流が続いていますが、はっきりと言ってくれて本当に良かったです。当時は傷ついて落ち込みましたが、言われなければ自分が何をしているのか自覚することができませんでした。

 私は「自分の話は伝わっていないのではないか」という不安が強いのですが、これは先述したような空気の読めなさと長く格闘してきたことに加えて、母とのやりとりのある種のトラウマだと思います。「聞きたいようにしか聞かない」という強力なフィルターのかかっている人が相手だと、数時間かけて手を替え品を替え説明しても結局何も伝わらなかったりします。その時の徒労感と孤独は筆舌に尽くしがたいものがあります。

 多感な時期に毎日それをやっていたのですから、低温火傷のようにじっくり深度まで達する心的外傷となり、「いかに言葉を尽くそうとも、私の話は伝わらない」という銘文が自意識の基盤に刻み込まれてしまったのかもしれません。

 しかし今、これが役に立っていることも確かです。伝わらないことを前提に、少しでも相手の生理や心理に親和性が高いチャネルで言葉を届ける努力をする習慣がついたからです。

 人は誰でも程度の差はあれ認知の歪みがあるもので、それはその人が人生のある時期に過酷な環境を生きのびる為に身につけたものなのだと思います。母が他者という概念を持たないのも、そのようにしないと、つまり外界から影響を受けないように回路を遮断しないとサバイブできなかったのだろうと思えば、責めても仕方がないし、むしろ共感しないでもありません。その人がそうなるに至った背景を自分なりに想像し、極力相手の不安を取り除いて話をする方が手っ取り早いということを次第に学習しました。

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