──絵で用いられている色使いや、描かれている人物の表情などの解説がよくありますが、正直、専門的すぎてついていけません。
日本の美術品解説は「造形美」に偏りすぎているんです。もちろん、技法の説明は大切なことですが、西洋絵画はそれがすべてではありません。
私が米国のカリフォルニア大バークレー校で学んだのは、「History of Art」。西洋美術の歴史です。歴史として西洋美術を勉強するのですから、「色使いが美しい」「描かれている人物の表情が好き」といった主観的な見方は一切許されません。「I
think ~」(私はこう思う)と話すのはダメで、すべて「because」(なぜなら)で説明します。歴史学だから「客観性」が最も優先されるのです。
──一般人でも、そういった読み方はできるものなのでしょうか?
背景知識を少し知っただけで、西洋絵画を何倍も楽しく鑑賞できるようになりますよ。「感性」は必要ありません。むしろ、「理性」で名画の持つ意味を読み解くのです。
また、「絵の見方」が変わると「絵の好み」も変わってきます。10月に出版した『人騒がせな名画たち』では、ルーベンス、フェルメール、ゴッホやゴーギャンなど、誰もが知る絵を取り上げました。今では名画の地位を確立したものでも、作品が制作された当時や後世で物議をかもした「人騒がせ」な名画がたくさんあります。そういった絵を取り上げて、解説しています。
──具体的には、どういった絵の解説をしているのですか?
では、ルーベンスを例にあげてみましょう。
ルーベンスの作品に「セネカの死」(1612~13年頃)があります。セネカ(紀元前4~65年頃)は古代ローマのストア派の哲学者で、劇作家で政治家でもありました。皇帝ネロの家庭教師としても知られています。
ルーベンスは、セネカを尊敬の対象にしていました。当時の人文主義者にとってセネカは敬愛されていたからです。
しかし、セネカは皇帝ネロから陰謀の罪を着せられて自害を命じられます。セネカは自ら血管を切り、毒を入れたものの死にきれず、周囲の人たちが温かい風呂に入れ、その熱気で息絶えました。その様子を描いたのが「セネカの死」です(写真参照)。