本では、フェルメールの「牛乳を注ぐ女」も解説されている
本では、フェルメールの「牛乳を注ぐ女」も解説されている

 ただ、ルーベンスはこの絵を描くにあたって、少し細工をしています。敬虔なカトリック信者だったルーベンスは、セネカがキリスト教で禁止されている自殺をしているシーンを描かなかった。よく見ると、医師が血管を切っています。これは、ルーベンスが、自殺の罪からセネカを救おうという気持ちの表れなのです。

 セネカが自殺の際に自らの血管を切ったことは、歴史家のタキトゥスが記録に残しています。つまり、ルーベンスはあえて史実を変えて絵を描いたということです。

──絵を見るだけでは、わからないことですね。

 この絵には、ルーベンス自身も知らなかった秘密も隠されています。

 ルーベンスは、セネカの自害シーンをモデルにした彫刻を、収集した古代彫刻のコレクションにして、とても大事にしていました。「セネカの死」も、その彫刻を参考に描かれたとされています。ところが現在では、その彫刻は「アフリカの漁夫」をモデルに作られたものとされています。ルーベンスがそのことを知ったら、残念がるかもしれませんね。

──誰もが名前を聞いたことのある有名画家なのに、身近に感じるエピソードですね。

 もちろん、ルーベンスは当時ではエリート中のエリートです。

 高い教養と堪能な語学力の持ち主として知られていて、画家としての修業を始める前は、伯爵家に仕えた経験をするなど、優雅な人物でした。人柄も素晴らしく、多くの人を惹きつける人物だったということもあり、40代になるとネーデルラント総督イサベラ大公妃の外交官として仕えることになります。

 外交官としてマドリードを訪れた際には、宮廷画家だったディエゴ・ベラスケス(1599~1660)と親しく交流しました。そして、偉大なる美術収集家だったスペインのフェリペ4世からは貴族の、そのライバルだったイングランドのチャールズ1世からは騎士の称号を授かりました。ケンブリッジ大学からは名誉学位も授与されています。当時の画家としても破格の扱いを受けたルーベンスは、後世の画家からも偉大な人物として尊敬を集めることになりました。

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