中沢新一が提唱する「アースダイバー」は、縄文期(地質学では「第四紀」)の地図を現代の東京や大阪に重ねることで、古代からの地勢がそれぞれの街の成立にいかに深く関わっているか明らかにしてきた。
しかし今回、『アースダイバー 東京の聖地』で中沢が探索したのは、まだ歴史の浅い築地市場と明治神宮だった。なぜなら、それらが〈日本人の伝統的思考が凝縮されて表現されている〉場所であり、〈日本人の思考が「聖地」に見出してきた空間の構成原理が、ほとんど純粋な状態で実現されている〉からだと、中沢は序文に書いている。
では、築地市場において、古代から日本人が大切にしてきた「思考」と「空間的原理」とは何なのか?
アースダイバー中沢は、ここでいきなり弥生時代まで溯(さかのぼ)り、海洋性民族でもあった弥生人の魚貝類への執着にふれた上で、ヤマト王権下で誕生した魚河岸について推測する。その後は丁寧に歴史を追って魚貝市場とそこで働く人々の特長を分析し、仲買人ら市場の「中間機構」がどれほど重要な役割を果たしてきたか物語る。そして、関東大震災後に誕生した築地市場がその美点を重視して建造された史実を訴える。
明治神宮の場合は、その外苑の造営にこめられた日本人の思考を、前方後円墳の空間的な原理を例にあげて、また訴える。
中沢は、日本の伝統的創造性が発揮された築地市場が移転し、神宮外苑のもつ意味が忘れられている現状に強烈な危機感を抱き、この本を通して私たちに問うている。
真に次代に受け継ぐべき東京の遺産(レガシー)とは何なのか?
※週刊朝日 2018年2月9日号