シネコヤの本棚には映画の関連書籍が並ぶ(撮影/写真映像部・上田泰世)
シネコヤの本棚には映画の関連書籍が並ぶ(撮影/写真映像部・上田泰世)
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 人のぬくもりが感じられる空間で、本も映画も心ゆくまで楽しみたい。そんな欲張りな願いをかなえてくれるスポットを訪れてみませんか。AERA 2023年5月1-8日合併号の記事を紹介する。

【写真】ふかふかのソファ。お気に入りの席を見つけたい/シネコヤ

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 大きなショーウィンドーにレトロな外観。藤沢市で地元住民に愛されてきた写真スタジオが街の映画館に生まれ変わったのは、2017年の春だった。

「ポスターを貼りたくて、窓のある物件を探していました。ここで七五三や結婚式の写真を撮ったという方もいて、いい思い出が詰まった場所なんです」

 そう話すのは、映画と本とパンの店「シネコヤ」店主の竹中翔子さん。東京工芸大学映像学科を卒業し、学生時代は映画館でのアルバイト経験もある映画好きだ。

「映画館をつくりたいと思ったのは、バイト先の映画館がなくなったこともきっかけ。すごくショックだったんですよね」

 かつて、藤沢市は「フジサワ中央」や「藤沢オデヲン」など老舗映画館でにぎわう映画の街だった。だが、シネコンの急増や時代の移り変わりとともに独立系映画館は10年までにすべて閉館してしまう。

 市の人口は増え続け、現在は44万人が暮らしている。なのに、映画館は維持できない。映画館のある街の風景を残したいと「シネコヤ」の開業を決意した。

 映画館といっても、シネコヤは“映画だけ”の場所ではない。扉を開けばパンとコーヒーの香りが漂い、ライブラリーも併設。ミヒャエル・エンデの『モモ』など不朽の名作から、まだ名も無い作家がつくったZINEまで3千冊の本がところ狭しと並んでいる。

「映画を見て本を読みたくなるし、その逆もある。社会問題を扱う作品を見たら、本でもっと深めたくなったり。すごく近しいものだけど、一緒に置いているところって意外と少ない」

 2階にあがると、深紅のビロードカーテンの向こうにシアタールームが広がる。同じ形、素材の椅子が一様に並ぶのではなく、ふかふかのソファもあれば、肘置きのない椅子もある。22席だけとこぢんまりとしているが、なんだか落ち着くのだ。

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