BOOKSTANDがお届けする「本屋大賞2017」ノミネート全10作の紹介。今回、取り上げるのは森絵都著『みかづき』です。



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 今でこそ当たり前に"学習塾"という言葉が使われ、多くの子どもたちが学校の授業と平行させて勉学に勤しんでいますが、本書はまだその言葉が物珍しかった時代の話。学習塾の立ち上げから3世代に及ぶ塾業界での奮闘が語られます。



 舞台は昭和36年の千葉県習志野市野瀬小学校。その用務員室で勉強についていけない子供たちに無償で勉強を教える用務員・大島吾郎の"大島教室"が人気を呼んでいました。訪れた子どもたちは皆、「吾郎さん、ありがとう」と笑顔で教室を去っていくのです。



 そんな矢先、吾郎は生徒の一人である赤坂蕗子(ふきこ)が、わからないフリをして自分のところに来ていることに気付きます。それは、吾郎の噂を聞きつけて、蕗子の母親で国家主義に傾倒し始めた教育に疑問を感じたため教職に就かず、家庭教師をする傍ら学習塾を開こうと計画していた千明が仕向けたものだったのです。



 千明は「あなたには子どもの心と脳を引き付ける力がある」と吾郎のその能力を見込んで開塾予定の塾へと誘い入れます。戸惑う吾郎ですが、千明のある言葉が頭から離れなくなり決断に至ることになります。



 「大島さん。私、学校教育が太陽だとしたら、塾は月のような存在になると思うんです。太陽の光を十分に吸収できない子どもたちを、暗がりの中で静かに照らす月。今はまだ儚げな三日月にすぎないけれど、かならず、満ちていきますわ」(本書より)



 やがて2人は夫婦となり、高度経済成長と戦後のベビーブームを背景に、開塾した「八千代塾」入塾希望者は後を絶たたないほど盛況となります。しかしながら、順風満帆な日々は長くは続かず "乱塾時代"と呼ばれるほど塾があふれる時代が到来。2人の関係にも異変が生じてきます。最初の発端は塾の合併話でした。



 「塾の存続に必要なのは生徒の数や名声じゃない、良質な授業、それだけが命綱だと思っていますよ」と吾郎が主張するも、「あなたはいつも正論を言う。でも現実の世界では良質の授業をしている個人塾がひとたまりもなく大手に倒されていく」と千明が反論。



 そして、これまでの補修塾から進学塾に方針を転換。自らの教育のあるべき姿を追求し理想を追求する吾郎と、経営的な視点で時代に即した教育を模索する千明。2人の溝は深まっていくことになります。果たして両者の関係は改善するのか、塾の行方はいかに...。



 2人の理想を対照的に描くことで、日本教育の在り方とは何なのかを追い求める本書ですが、彼らの子どもや孫世代も教育に携わることで、昭和から平成と時代が移り変わっても、変わらない理想や精神で奮闘する尊さも感じ取ることができます。



 それはまさに、時代に翻弄されながらもひたむきに生きる人物が描かれる "NHK朝ドラ"を彷彿とさせます。読後には爽やかな感動に包まれること必至です。