
アドレナリンが大量に分泌
「受傷直後はあまり痛みを感じないケースは少なくありません。人に備わっている防衛反応によるものです」と、中永医師は説明する。
人間は絶体絶命の危機に直面すると、副腎からアドレナリンが大量に分泌される。心拍数や呼吸数が増加し、「逃げるか」「戦うか」の準備を整える。
「アドレナリンが痛覚を麻痺させ、痛みを感じにくくなる。血管は収縮するので、出血も少なくなる。だから、深い傷を負っても逃げられる」
ただ、アドレナリンの効果が持続するのは数時間だ。
「それを過ぎると、皆さんものすごく痛がります」
クマに襲われる悪夢
なかにはクマに攻撃されてもすぐに病院を受診しない人もいるという。
「クマの爪や牙による傷は、皮膚にぽちっと穴が開いているだけのように見えることもあります。けれども、深い傷を洗浄していると、奥から折れたクマの爪が出てきたこともあります」
クマによる外傷を受けると、傷口は細菌に汚染され、放っておくと化膿してしまう。敗血症で亡くなった人もいる。そのため、大量の生理食塩水による傷口の洗浄や、抗生剤治療などの感染対策が必須になる。
また、救急医や外科医だけでなく、精神科医の治療も必要になることが多いという。
「『急性ストレス反応』が出て、眠れなくなってしまう患者は多い。『クマに襲われる悪夢を見る』という人もいます」
受傷して1カ月ほど経ってから、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症するケースもあるという。
「たとえば、農作業中にクマに襲われた場合など、畑に行くことに抵抗を感じるようになる。それが長引くのはクマ外傷によるPTSDだからなのか。現在、研究中です」
クマに襲われた記憶が鮮明でない
一方、クマに襲われた記憶が鮮明でない人もいる。
「けがを負ったときの状況を尋ねても、『クマがぶつかってきた』と、あいまいにしか答えられない。ショックの大きさから身を守るための、ある種の防衛反応なのでしょう」
中永医師が行った患者からの聞き取り調査によると、クマは出合ったときは四つん這いであっても、攻撃の際には立ち上がるという。自分の体を大きく見せて、相手を威嚇するためではないかと推察する。