クマは警戒すると立ち上がる。致死的な「顔面パンチ」繰り出す=米田一彦さん提供
クマは警戒すると立ち上がる。致死的な「顔面パンチ」繰り出す=米田一彦さん提供
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 クマによる人身被害が相次いでいる。今年はクマが大量出没する恐れがある。治療にあたった医師は、「命に別条はない」と報道される被害者の実情を知ってほしいと訴える。

【実際の写真】クマの打撃は人の頭部を破壊する【閲覧注意】

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「命に別状はない」けれど…

 7月21日早朝、秋田県北秋田市の畑で農作業をしていた75歳の男性が突然、ツキノワグマに襲われ、負傷した。男性は自ら車を運転して帰宅し、家族が救急車を呼んだ。

「顔や頭などにけがをしましたが、命に別条はありません」

 そう、メディアは報道した。だが、秋田大学の救急・集中治療医学講座教授の中永士師明(なかえ・はじめ)医師はこう話す。

「こうした表現で、クマによる人身被害を軽くとらえてしまう人がいる。加害グマの駆除に対して、『クマを殺すな』という電話が自治体や猟友会に殺到したりするのです」

 先日もクマが駆除されたことに対し、自治体に苦情や批判が相次いでいることが報じられたばかりだ。

 この男性は、ドクターヘリで秋田大学医学部附属病院に搬送された。鼻骨が折れ、開眼困難で、下肢にもけがを負っていた。

「われわれの救急外来で受け入れました。さいわい、全身状態は安定していたため、入院後は耳鼻科、眼科、形成外科に任せました」

鼻は取れ眼球は飛び出し、指がなくなる

 なぜ、これほどの重傷者が、畑から自宅まで車を運転できたのか。ちぐはぐな印象も受ける。中永医師に尋ねると、「似たような事例は多い」という。

 たとえば、秋田市内に住む80代男性は自宅前の畑でクマに襲われた。意識は明瞭で、自ら119番通報した。

 だが、その症例写真を見て、あまりの惨状に息苦しくなった。額から上あごにかけて顔がなくなっているように見えたからだ。左の眼球はだらりと飛び出ていた。

「鼻は取れ、皮膚が左右に裂けていました。救急隊員が道端に落ちていた鼻を見つけて運んできてくれたので、形成外科の先生が手術して、くっつけました」(中永医師、以下同)

 別の男性は、山菜採りをしていたところ、目の前に突然クマが現れた。追い払おうと、とっさにパンチをしたという。驚いたクマは逃げていった。男性は「やれやれ、助かった」と思い、ふと見ると、手に血がついている。「痛みは感じないのに変だな」と、よく見ると、薬指が骨折し、小指がなくなっていた。

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