崩壊と再生
「今回の騒動は、これまでのコメ政策の延長線上にある」
こう話すのは、元農水事務次官の奥原正明氏。第2次安倍政権で農水省の経営局長や次官として、農政改革に取り組んだ。特に、13~18年、政府や農水省から、農協の中央組織のJA全中の廃止案など大胆な政策が矢継ぎ早に放たれた。
特に、現在、農水相を務める小泉進次郎氏が15年10月に自民党の農林部会長に就くと、農協組織で販売や購買を担当する全国農業協同組合連合会(JA全農)の改革などが打ち出され、注目を浴びた。農協組織に自民党と農水省が攻め入るような構図に一時、「農政トライアングルの崩壊」とまで言われた。
政府は16年11月、「農業競争力強化プログラム」を策定した。農協による農産物販売では、農家がリスクをとる委託販売方式から、農協により強い販売努力が求められる買い取り販売への移行が盛り込まれた。農協が中間的な流通をできるだけ排除、コストを下げることなども入った。奥原氏には、圧倒的な組織力のある農協が変わらなければ農業改革はできないとの思いがあった。
しかし、小泉氏は17年8月に部会長から党の副幹事長に移り、奥原氏も18年に次官を退任すると、改革への勢いは衰えた。
小泉氏の後を継いで部会長になったのは鹿児島の農協出身の参院議員、野村哲郎氏だった。野村氏は22年8月から1年1カ月間、農水相も務めた。この間、食料・農業・農村基本法の改正に動き、農産物の価格を維持・上昇させ、比較的、小規模な農家も政策の対象にする制度改正に動いた。農協・農林族議員も農政を牛耳るようになっていった。
23年8月にJA全中の会長になった山野徹氏(JA鹿児島県中央会会長)は、野村氏の後援会の会長を務めており、大臣とJAのトップが参院議員と後援会長という関係に、農協と政権との距離が以前よりも近づいた印象を与えた。同じ鹿児島を地盤とする大臣と全中会長は、農政トライアングルの復活のように見えた。
そんななかで起きたのが、スーパーの棚からコメが消え、価格が急騰するという「令和のコメ騒動」だった。
今年4月上旬に日本記者クラブで講演した際、奥原氏は、長らく、自民党、農協、農水省が価格を維持しようと「生産調整」を続けてきたことにふれ、「価格維持のためにぎりぎりの需給バランスを狙って生産調整をやっていれば、ちょっとしたことで供給不足になる可能性がある。しかも、これでは生産性の向上にも輸出拡大にもつながらず、農業を発展させて成長産業にすることはできない」と述べた。