タワマンの眺望は「特権」の象徴
「タワーマンションは従来のマンションと比べてステータス性が極めて高く、現代人の羨望の的。階が高くなるほど価格が上がり、高層階から得られる抜群の眺望は“特権”を象徴しています」
そう語るのは、戦後日本の「家づくり」文化史を専門とする愛知産業大学准教授の竹内孝治さん。
タワマンに住むには財産が必要であり、医者や弁護士、あるいは誰もが知る有名企業に勤める高給取りでなければ、ローン審査すら通らない。
そして、「選ばれし者」として入居したとしても、タワマン内では上層階と下層階で「タワマンカースト」と呼ばれる新たな格差社会が待ち受けている。
「建築物の上層と下層という構図が、視覚的にも明確な“格差”を示しています。羨望と嫉妬は表裏一体であり、現代社会の寓話としてタワマンは最適な舞台なのかもしれません」(竹内さん)
そもそも、タワマンという存在自体が、現代人にとっては妬みの対象だ。
2019年、台風19号の豪雨によって神奈川県の武蔵小杉駅周辺が浸水した際、一部のタワマンも電気や水道が停止し、被害を受けた。SNSは「タワマン住民のトイレから汚水が逆流するなんてザマァ」といった嘲笑的な書き込みで沸いた。
そこから「落ちてしまう」という恐怖
書評家の杉江松恋さんは、「タワマン文学」をこう読み解く。
「格差社会における階級差・階層差への嫉妬、“そこに居続けなければ落ちてしまう”という恐怖は、米国の郊外の住宅地を舞台にした『サバービア(suburbia)文学』ですでに描かれていました。住環境の違いが若者の意識に影響を与えるというテーマも普遍的で、『団地小説』というジャンルもあります」
2012年に村田沙耶香さんが発表した三島由紀夫賞受賞作『しろいろの街の、その骨の体温の』(朝日新聞出版)は、団地とそれ以外の地域に住む子どもたちの視点から描かれている。
「そうした流れを踏まえると、タワマン文学はこれまでの小説ジャンルの“継ぎはぎ”とも言えます。一方で、タワマンをシンボルに『意識高い系』への自己批判や揶揄、あるいは“上級国民”という陰謀論的な妬みを象徴的に描き、内と外の視点を明確に設定した点は新しいと思います」(杉江さん)