TOKYO FMのラジオマン・延江浩さんが音楽や映画、演劇とともに社会を語る連載「RADIO PAPA」。今回はマーク・ギル監督の映画「レイブンズ」について。

「レイブンズ」
2024年/フランス、日本、ベルギー、スペイン/日本語、英語/116分/配給:アークエンタテインメント
ⒸVestapol, Ark Entertainment, Minded Factory, Katsize Films, The Y House Films
TOHOシネマズ シャンテ、新宿武蔵野館、ユーロスペースほか全国公開中
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 鑑賞後、僕の頭に浮き上がってきたもの、それは本編の主人公、伝説の写真家・深瀬昌久(浅野忠信)の被写体であり、自由と表現を心より愛する妻・洋子の生き様だった。

 撮ることしか取り柄がなく、自らの心の闇を象徴する幻の化身である鴉(からす=レイブン)相手にぼそぼそ問答を続ける男と結婚した洋子は、高度成長期の60年代から70年代への移り変わりを体現し、現在に繋がる女性性、ジェンダー意識の新しい高まりを予感させていた。

 瀧内公美演じる洋子は、映画のストーリーを完璧に支配していたと言える。

 ウェディングドレスを着て煙草を吸い、身体を揺らせ夫のカメラの前に立つファンキーさ。イギリス人マーク・ギルのメガホンにより、三島由紀夫の自決、ゴーゴーパーティ、昭和歌謡、フォークソングなどカラフルで激動だった時代のアイコンが次々登場するが、その中でも美しく、キラキラした洋子の目の動きは観客の目をくぎ付けにし、父との相克に悩みながらのたうち回る夫の醜態を眺める一方、彼を救い、末期を看取ろうとする慈悲深いピエタの視線にも思えた。

 己の作家性にこだわるあまり生活が困窮し、「これ(カメラ)が私を殺すんだよ!」と洋子は夫に迫る。「そんなもの(カメラ)の後ろに隠れてないで、ちゃんと見てよ。カメラじゃなくて、あなたの目で見てよ! これ(カメラ)が私を殺すんだよ!」

 そこには写真を通してでしか育むことのできない異形の愛の、夫婦の形があった。

「レイブンズ」
2024年/フランス、日本、ベルギー、スペイン/日本語、英語/116分/配給:アークエンタテインメント
ⒸVestapol, Ark Entertainment, Minded Factory, Katsize Films, The Y House Films
TOHOシネマズ シャンテ、新宿武蔵野館、ユーロスペースほか全国公開中
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