
2024年/フランス、日本、ベルギー、スペイン/日本語、英語/116分/配給:アークエンタテインメント
ⒸVestapol, Ark Entertainment, Minded Factory, Katsize Films, The Y House Films
TOHOシネマズ シャンテ、新宿武蔵野館、ユーロスペースほか全国公開中
昌久の写真はニューヨーク近代美術館(MoMA)に展示される栄誉を授かり、二人は勇躍アメリカへ向かう。しかし、その後夫は再び酒に溺れ、修羅場の末、離婚となる。だが、その離婚は夫の成長を促そうとする洋子の意志にも取れた。
「賞を獲ったんだって? 新聞が絶賛していたよ」。受賞祝いの昌久の個展に洋子が姿を現すなり、「私、結婚したのよ」と告げる。傍らにはどこにでもいるごく普通の中年男。昌久は奈落の底へ突き落とされるが、洋子は鴉を写した彼の作品を指して「この鴉はあなたの肖像にも見えるわ」と言い残しその場を立ち去る。男の人生のメルクマールに彼女は必ず位置し、極めつけの言葉を投げかける。
このシーンについて、瀧内は「私、結婚したのよって、わざわざ彼の個展を見に行った中で言う必要はない。でもそれをやる。それは彼女の中でやっぱり彼と分かり合えるものがあったからだって思ったんです。あの時代の人たちってそういう遊び心もあった。今はそんなことは通用しないけど。そういう色っぽい遊びみたいなものは当たり前のようにあったんだろうなって」と言う。あの時代を調べ尽くした上で獲得された何とも豊穣な瀧内の言葉だった。
昌久は深酒のため新宿ゴールデン街の店の階段から転げ落ちて脳を損傷し、自らを破壊してしまう。人事不省、意識があるのかわからない元夫を洋子は見舞い、「久しぶりじゃない。ね、洋子よ。私を見て。昌ちゃん。オイ」と語りかける。
ラストに置かれたこの「オイ」との呼びかけが素晴らしかった。ともに時代を作ってきた連帯の証しが見事な句読点になっていた。
瀧内にそう告げると、「嬉しいです。あれはアドリブなんです。私の」と微笑んだ。
「洋子が仕事に出かける写真を昌久がバンバン撮っていく場面があったじゃないですか。あの写真を撮るときに、必ず『オイ』『オイ』って昌久が言い続ける。いつもは『洋ちゃんはさ』なんだけど。その印象が私の中ですごく強かった。だから、私が『オイ』って声をかけたら、ぱっと意識が蘇ってくれるかなって」
言葉は一瞬にして消えてしまう。だが映画は残る。瀧内公美の放った「オイ」は今後語り継がれる名セリフになるだろう。
「私もいろいろ作品に出させてもらいましたけど、この作品は自分の中ではベストアクトになっているなって思いました。浅野忠信さんはもちろん、監督のマーク・ギルさんにも引き上げていただいたと思います」

2024年/フランス、日本、ベルギー、スペイン/日本語、英語/116分/配給:アークエンタテインメント
ⒸVestapol, Ark Entertainment, Minded Factory, Katsize Films, The Y House Films
TOHOシネマズ シャンテ、新宿武蔵野館、ユーロスペースほか全国公開中
(文・延江 浩)