『ふたたび歩き出すとき 東京の台所』(1870円〈税込み〉/毎日新聞出版)「&w」(朝日新聞デジタルマガジン)の人気連載「東京の台所」の書籍版で、同シリーズ4冊目となる。妻を亡くし、娘と2人暮らしのシングルファザーや神風特攻後続隊に志願経験のある94歳の女性など21人21カ所(一部沖縄もあり)の台所が登場し、それぞれの物語が綴られる。写真撮影は一部をのぞき2006年度木村伊兵衛写真賞受賞作家の本城直季氏

「東京の台所」シリーズの眼目は作られる料理ではなく、そこに流れる時間にある。

「連載が始まってやや経った頃は、憧れから、どこか型通りにまとめていた気がします。ある時、あまり原稿を気に入っていない印象を持っていた人が、『今でも読み返します、私には尊い経験でいつかお礼を言いたいと思っていました』とわざわざ訪ねてきてくれて、自分を深く省みることになりました。市井の人にとってインタビューという体験は一生に一回の出来事かもしれない。その貴重さを私は理解していませんでした」

 自慢とは遠い距離にある人が、台所という最もプライベートな場所に書き手を招き、その連載が長く読まれているこの不思議。豊かさ。

「キッチンという語彙が全盛の頃、台所やお勝手といった言葉のあらわすもの、その精神性を大切にしたいと考えるようになりました。この呼び名を失いたくない。台所は、たとえカップラーメン一つでも、お湯を注いで、ああできた、と肯定感を感じられる空間だと思うんです。そしてこのデジタルの時代に、必ず手を動かす場所でもあります。自分の他に誰かがいたら“おいしい”という言葉が聞けたり、笑顔が見られたり。今はしんどくても、肯定するきっかけがすごく多い台所という場所を、まだまだずっと書いていくつもりです」

(ライター・北條一浩)

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