写真家:長沢慎一郎さん/1977年、東京都八王子市生まれ。広告写真家・藤井保氏に師事し、2006年に独立。08年から小笠原・父島での撮影をはじめる。写真集に『The Bonin Islanders』(赤々舎)など(撮影/写真映像部・和仁貢介)
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 第49回木村伊兵衛写真賞が長沢慎一郎さんに決まった。受賞作は父島に眠る日本陸軍の爆薬庫を撮影した異色の写真集。唯一無二のテーマと表現が高く評価された。 AERA2025年4月7日号より。

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 写真芸術の現在において「木村伊兵衛写真賞」はその先端の実りを毎年表彰している。その第49回の受賞者が長沢慎一郎さん(48)に決まった(選考委員は、写真家の今森光彦、大西みつぐ、澤田知子、長島有里枝の各氏)。対象作は『Mary Had a Little Lamb』(赤々舎)。小笠原諸島・父島に眠る日本陸軍の爆薬庫を撮影した写真集だ。同地は1968年までアメリカの占領下にあった。長きにわたる冷戦体制の下この場所に秘密裏に核弾頭が配備されていたという。写真集には暗がりに浮かび上がる不気味な空洞が生々しく蠢いている。

「オリジナルな手法、前例のない被写体、唯一無二のテーマ、こうしたものと出会えることは写真家に限らず表現者にとって大変幸せなことであり、同時に強みともなる。逆に言えば一度出会ってしまったらそこから逃れることは難しく、否応なく向き合い続けることになる。そういった意味で長沢さんは“小笠原”に出会ったのだと思う」(澤田知子氏・選評から抜粋)

ここは日本なのか?

 はじまりは、2008年に遡る。ある時、目に留めた旅行雑誌で小笠原がかつては無人島で、19世紀に欧米人やハワイ諸島の人びとが先住していた事実を知る。古びた家族写真に年配の欧米人の男性とともに和装だが欧米人に見える子孫たちがいた。その写真から受けた衝撃。以来、長沢さんは知られざる小笠原を写すことに没入した。同年2月、はじめて父島へ。その後13年をかけ撮影を続け21年に初の写真集『The Bonin Islanders』を発表、高い評価を受けた。

 過酷な歴史の重さは今に生きる人々のたたずまいと土地そのものから醸し出されている。長沢さんは大判カメラを三脚に据え、真摯な距離感で人々に向かい、戦時の遺構や先祖の記憶とともに描写した。島を訪ねるにつけ人々の言葉が戦時につながり、米軍占領下時代の話になることが増えた。その過程でもう一つの知られざる事実に出合う。

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