昭和天皇の撮影秘話 吉岡専造 聞けなかった遺言
吉岡専造氏は、一九七一年に宮内庁から依頼を受け、七五年までの五年間、昭和天皇のカメラマンを務めた。
天皇陛下の写真は、撮影したら、翌日にはお届けしていた。初日にアップで撮影した写真を見て、陛下はおっしゃったそうだ。
「こんなに大きなホクロがあるのか」
すると皇后さまが、
「あるものだからしょうがありません」
撮影を始めてみると、陛下は一生懸命に協力してくださる。ただ、一生懸命でいらっしゃるぶん、逆に表情や動きが硬くて自然さが出てこなかった。あるとき、皇居でキジの放鳥をする両陛下を撮影することになった。お二人が一緒にキジを放された瞬間を撮るのだが、なかなかうまくいかない。皇后さまはキジをそっと放されるが、陛下のほうは胸の位置で、いきなりパッと手を広げて放してしまわれる。キジがちょうど陛下のお顔を隠したときにシャッターを切ったりして、僕が、
「だめだ、だめだ」
とつぶやくと侍従が、
「陛下、もう一度お願いします」
陛下も僕のつぶやきを気にしていらっしゃるようで、何度か繰り返していただいた。撮影の帰り、入江侍従長と徳川侍従次長の車に乗せてもらうと、二人が、
「今日は落ちませんでしたね」
と話していた。何のことかと聞くと、陛下があまりに突然放すので、キジが地面に落ちてしまうこともあったそうだ。
実は、僕が初めて陛下を撮影したのは四〇年一月の新年の陸軍閲兵式。前年に入社したばかりの新米だったが、先輩カメラマンが従軍などで人手が足りず、僕に仕事が回ってきた。陛下が肉眼では親指くらいの大きさにしか見えなかったが。
戦中のことなので、陛下の撮影ともなると、カメラマンもモーニングを着なくてはならなかった。僕もオヤジにお金を借りて、泣く泣くモーニングを新調したのを覚えている。
九六年にまとめた写真集『素顔の昭和天皇』の中で、僕がいちばん気に入っているのが、最初の撮影のときのもの。フィルムを交換するので両陛下に、
「ちょっとお休みください」
と申し上げて、急いで交換しながら両陛下のほうをチラッと見ると、陛下は後ろで手を組んでいらした。その姿がとても自然で良かったので、フィルム交換したばかりのカメラですかさずシャッターを切った。
お二人の正装姿でも自慢のものがある。まず陛下、次にお二人、最後に皇后さまという段取りでそれぞれに一時間を予定していたが、陛下の撮影は十五分で終了してしまった。皇后さまのお支度ができるまで、陛下はソファに座ってお待ちになっていた。お二人の撮影でファインダーをのぞくと、皇后さまが陛下の左肩のあたりを触っていらっしゃる。座っている間に陛下の頸飾が外れてしまったのを直そうとされていたのだ。手の位置など、皇后さまにいろいろお願いをしてカメラに戻ろうとしたとき、僕の足がコードにかかり、補助のストロボがこちらに倒れてきた。皇后さまが、
「あっ、あっ」
と小さな声を立てられたので気づき、寸前で押さえることができた。ほっとされたのか、皇后さまは格別の笑顔をくださった。(談)