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 村上春樹さんが紡ぎ出す独特の世界観、登場人物の考え方に魅了される人は多い。テレビ朝日アナウンサー・弘中綾香さんもその一人だ。弘中アナが村上作品との出合いや魅力を語ってくれた。AERA 2023年4月17日号の記事を紹介する。

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 初めて村上春樹さんの作品を読んだのは、『ノルウェイの森』が映画化された2010年、19歳のときです。「何だかよくわからない」が正直な感想でした。それまで私が読んでいた小説は起承転結があり、伏線が回収されて種明かし……といったわかりやすいもの。それが小説の面白さだと思って10代を生きてきたのに、こんな作品もあるのかと驚きました。同時に、これほど難解な物語が世界中の人に受け入れられていることに興味を持ちました。

 それで私に刺さる作品があるかもと読み始めたんです。『1Q84』や『騎士団長殺し』、短編の『ドライブ・マイ・カー』など、『ノルウェイの森』以降の主なものは読んでいると思います。

 作品に没入すると、悩み事など頭の中で考えていることを数時間は忘れられます。それが私にとって読書の魅力です。その「没入感」が、村上さんの小説はすごい。世界に一気に引き込まれ、いつの間にか何時間もたち、リフレッシュできます。

 一方で、自分の想像力を「試されている感じ」もします。私は自分の半径5メートル以内で実際に起きていそうな物語も好きですが、村上さんの小説は私の想像力をはるかに超えていく感じ。だからこそ時を経て再読することが多いのかなとも思います。そのときの自分の状況によって解釈も変わってくる。そこも「何だかよくわからない」からこその良さです。

 とくに好きなのは『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』。高校生のときに仲の良かったグループについて、「五人はそれぞれに『自分は今、正しい場所にいて、正しい仲間と結びついている』と感じた」という描写があります。私も10代の頃、このメンバーでいると家族以上に自分らしくいられる気がすると思ったり、友だちが自分よりキラキラして見えたり、「自分には何もない」と思ってしまったりすることがありました。作品に私と共通部分のある人が初めて出てきて(笑)、想像力の乏しい私でも世界観を共有することができました。

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