「AERA dot.」に最近掲載された記事のなかで、特に読まれたものを「見逃し配信」としてお届けします(この記事は10月12日に「AERA dot.」に掲載されたものの再配信です。年齢や肩書などは当時のもの)。
【写真4枚】巨人から一人選出…今季オフに「大減俸の可能性高い4選手」がこちら
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昨年のDeNAのドラ1・度会隆輝は、ユーティリティープレーヤーとしてヤクルトで15年間プレーした度会博文の次男。「超えたときが初めて親孝行だと思うので」と“父親超え”を目指している。過去にも黒田博樹、金城龍彦、坪井智哉ら、プロで父親を上回る実績を残した二世選手がいるが、その一方で、1軍出場なしで終わった二世選手も少なくない。
高校時代に甲子園で活躍も、プロでは育成選手のまま終わったのが、山本功児元ロッテ監督の長男・山本武白志だ。
九州国際大付時代は188センチ、89キロの恵まれた体から高校通算24本塁打。2015年夏の甲子園では、2回戦の大阪偕星戦で、スタンドで見守る父の前で2打席連続本塁打、3回戦の作新学院戦でも先制ソロを放つなど、チームの8強進出に貢献した。同大会での3本塁打は、仙台育英・平沢大河(現ロッテ)とともに最多タイだった。
そんな大舞台での強さが評価され、同年のドラフトでDeNAが育成2位指名。「心の中ではもやもやしている」と本指名ではないことに複雑な思いを抱いた山本だったが、当時父が肝臓がんで入退院を繰り返していたことから、「1日も早くユニホーム姿を見せたい」と入団を決意し、プロでの飛躍を誓った。
父は翌16年4月に他界。告別式では、父の巨人時代の後輩・原辰徳氏から「お父さんを超える選手になろうな」と励まされた。だが、1年目はイースタンで60試合出場も打率.143に終わり、2年目も結果を出せなかった。そして、登録名を「武白志」に変えた18年は51試合で打率.213、1本塁打、8打点と3年間で最高の成績を残したが、1軍への道のりは遠く、オフに戦力外通告を受けた。
「社会人野球も考えたけど、中途半端な気持ちでやるのは失礼」と野球を断念した山本は、クリケットに転向し、20年には日本代表強化選手に選ばれた。現在はプロゴルファーを目指している。
ドラフト1位の父を目標に、親子二代にわたって投手でプロ入りしたのが、大場豊千と田村領平だ。