週末は、地元の友人たちとサッカーで汗を流すようになって20年近くがたつ。鈴木はグラウンドの手配を引き受けているが「仕切ってくれているけれど、穏やかな人柄でリーダー風情ではない」(友人談)(撮影/倉田貴志)
週末は、地元の友人たちとサッカーで汗を流すようになって20年近くがたつ。鈴木はグラウンドの手配を引き受けているが「仕切ってくれているけれど、穏やかな人柄でリーダー風情ではない」(友人談)(撮影/倉田貴志)

■志を同じくする仲間増え問題を発信し始める

 この頃の鈴木は、30代半ばのごく普通のサラリーマンだ。学生時代に始めた音楽活動を、大学卒業後もアルバイトをしながら続けていたが、区切りをつけて働いていた。教団の勧誘活動の実態についてどこかに訴え出たり、記事を書いたりしていたわけではない。インターネットもSNSも今ほど普及していない時代。グループに属することもなく、アウトプットをすることもせず、たったひとりで勧誘阻止のために街に出た。

「そのエネルギーは、どこから湧いたものか? うーん。最初に渋谷で勧誘現場を見た時の『絶対におかしい』というモチベーションがずっと続いていた感じです。当初は、ただそれだけでした」

 活動を始めたばかりの頃、信者ではないと言い張る青年に、教団創始者の故・文鮮明の写真を踏めるはずだと迫ったことがあった。

「若気の至りで反省してます。宗教にはまるということは、ずっと自己責任だと思ってたんです。でも違った。活動を続けるうちに、信者たちもまた被害者であることがわかりました。東京という大都会の片隅でこんなにも人権が侵害され、人生が失われていっている。カルト問題の複雑さに気づいてからは、よりのめり込むようになりました」

 ビデオセンターの前で張り込みをして、出てきた人に施設の実態を教えたり、教団の合宿所から逃げ出した若者を匿(かくま)ったり。次第に、霊感商法などの被害者救済で知られる弁護士の紀藤正樹らが参加する「全国霊感商法対策弁護士連絡会」や「日本脱カルト協会」などとつながりができ、志を同じくする仲間が増えてきた。同時に、教団と信者の関係の先にある、教団と政治家たちの関係に疑問を抱くようになった。

 国政選挙、市議選に区議選。選挙のたびに若い信者が選挙事務所の手伝いや街頭演説の運動員として動員され、当落線上にいる候補に教団の組織票が投じられる。その見返りはいったい何なのか──。鈴木は06年、ブログを開設。新たな問題意識を元に、旧統一教会について知り得たこと、疑問に思うことについて発信を始めた。そして09年、カルト問題や宗教を中心に取材を続けていたジャーナリストの藤倉善郎(48)との出会いがあった。藤倉はユーモラスな調子で言う。

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