しのだ・せつこ/1955年生まれ。90年に『絹の変容』で小説家デビューし、97年に『女たちのジハード』で直木賞を受賞。『斎藤家の核弾頭』『百年の恋』『ブラックボックス』など多彩な作風で知られる。2020年に紫綬褒章を受章。近著に『ロブスター』など(写真/写真映像部・上田泰世)
この記事の写真をすべて見る

 AERAで連載中の「この人のこの本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。

【写真】異世界と人間の不思議を描く短編集『四つの白昼夢』

 『四つの白昼夢』は現実と非現実を行き来しながら、四つの短編を通し人間という生き物の不思議を描く。日常と異世界の橋渡しをするのは、物語の細部に宿るリアリティーだ。物語の大きな枠組みが頭のなかに自然発生的に立ち上がったら、わからないことは徹底的に取材をする。著者の篠田節子さんに同書にかける思いを聞いた。

*  *  *

 コロナ禍が広まり始めた2020年、篠田節子さん(68)は病院のベッドにいた。命にかかわる、腸の大手術。全身は管で繋がれている。そんななか、爬虫類に関する本を差し入れとしてもらった。なかでも目に留まったのは「亀」についての記述だ。身動きが取れないなか、屋根裏を巨大な亀が這うイメージが膨らんだ。篠田さんは言う。

「江戸川乱歩の『屋根裏の散歩者』とも瞬間的に結びつき、“亀”に関わる人物たちの事情が次から次へと浮かび上がってきました。スマホに物語の断片を書き留めていると、気づけば自然に枠組みができあがっていました」

 篠田さんの小説集『四つの白昼夢』は、日常のちょっとした隙間から広がる異世界を描いた四つの短編からなる。前述の「屋根裏の散歩者」、ヴァイオリンを抱えたまま電車内に遺骨を忘れた高齢の男性を描く「妻をめとらば才たけて」、コロナ禍で店が経営難に陥った男性が謎多き植物アガベにハマっていく「多肉」……。日常と隣り合わせにあるシュールな世界、その先にある切なさ、優しさ。コロナ禍において、私たちは周囲を思いやりながら懸命に生きた。後から思えば不可解な行動を取っていたこともあるかもしれない。そんな、一つの時代の“記録の物語”でもある。

「年を重ねると時代小説を書くようになる方もいらっしゃるなかで、思えば私はずっと現代小説を書いてきました」

『四つの白昼夢』(1870円〈税込み〉/朝日新聞出版) 現実と非現実を行き来しながら、四つの短編を通し人間という生き物の不思議を描く。日常と異世界の橋渡しをするのは、物語の細部に宿るリアリティーだ。物語の大きな枠組みが頭のなかに自然発生的に立ち上がったら、わからないことは徹底的に取材をする。「文章はディテール勝負。小説は細かな描写で語らなければいけない、と思っています」(篠田さん)

 そう篠田さんは言う。

「後から振り返ってこの時代を描くのと、その最中(さなか)にいる人間が書くのではきっと鮮明さが異なる。同時代性を重視しながら、一つの時代を書き残せるのはありがたいことだなと思いますし、10、20年後振り返ったときに『面白い小説だな』と思って頂けたらいいな、と」

次のページ