幻想的な世界を描きながらも、一つ一つの物語の入り口はどこか地に足が着いている。たとえば、最終話の「遺影」。数時間前に母を亡くした男性が、大急ぎで遺影となり得る写真を探すことから物語は始まる。同様の経験がある人は、きっと少なくない。
「飛躍した部分が飛躍に見えないように、絵空事に見えないように」。無理があるように思える展開も、日常の断片と緩やかに繋ぎ合わせていく。
「その“繋ぎ目”をどう描くかが小説家としての腕の見せどころだなと思いますし、書いていて面白いな、と感じるところでもあります」
音楽家特有の習慣、介護の日々。物語のディテールとして描かれるのは、篠田さん自身が経験してきたことだ。
「趣味を通して付き合いたい人と付き合い、母の介護を通してご近所付き合いにもどっぷりと浸かってきました。つねに当事者として、そのなかにいた。いい体験をさせてもらったな、と思います」
人間という生き物は、やっぱり面白くて愛おしい。そんな読後感は、篠田さんの圧倒的な経験の蓄積から生まれている。
(ライター・古谷ゆう子)
※AERA 2024年10月28日号