体調を崩し、医師としての働き方を考える

 中西医師の医師人生は心臓外科医からスタートした。「手術に興味がありました。子どものころから体育が一番得意で(笑)、練習を重ねて技を磨くことが好きだったんです。手術も同じかなと思い、とくに難しそうな心臓外科を希望しました」

 しかし年功序列の日本の医局制度の中、心臓外科医になってもなかなか手術経験を積めない。地方の病院に移ったが「プレッシャーがあったんでしょう。日に日に体が重くなりました」と振り返る。

 療養のため仕事を中断した中西医師は、麻酔科医に転身。さらに救命救急センターや集中治療にも携わるなかで、多くのICUに専門医がいない実情が見えてきた。そんなとき、アメリカで遠隔ICUが広まっていることを知った。

「アメリカでは死亡率が26%下がったというデータもあり、いい仕組みだと思いました。現場の医師を専門医が支えることは、患者の命を救うことにつながる。専門医の不足と偏在が進む日本で、絶対に必要なものだと直感しました」

 2016年、中西医師は数人の仲間とヴィターズの前身、株式会社T–ICUを立ち上げた。しかし起業は困難の連続だった。「遠隔ICUのシステムを導入してもらうには、病院で必要な機器を購入、もしくはレンタルしてもらう必要があるんです。でもアメリカの機器は高くてワンセットで1億~2億円もする。日本の病院が導入可能な価格に下げるために、独自の機器やシステム開発を始める必要がありました」

 しかし、中西医師にそのノウハウはない。「基本的にぼくは、『できないことはできる人にやってもらう』という姿勢です。ITエンジニアをパートナーにして、新しい機器を開発し、価格を下げました」

 一方で、助言や協力をしてくれる医師や看護師も集めた。「病院のICUで働く専門医や専門の看護師に声をかけ、病院での勤務がない日を利用して手伝いに来てもらうことにしました」
 

患者を救うことこそ最優先

 起業して8年。医療DXの推進、医療従事者の働き方改革の必要性が高まったこともあり、24年から遠隔ICUに対して診療報酬の算定条件が設定された。医療保険制度の中で評価されるようになったため、各地の医療機関での導入が進みそうだ。一方で中西医師は国際貢献にも力を入れている。

「JICA(国際協力機構)のプロジェクトに参加し、東南アジアやアフリカなど途上国の病院と日本の専門の医師や看護師をつなぎ、集中治療の技術的な助言や、医療者の研修をしています。世界の医療にかかわれることにやりがいを感じています」

 遠隔ICU以外の事業展開も見据え、昨年社名をヴィターズに変更した。医師ならではの専門知識と経験に新しい技術を加え、世界中の人々に最高の医療を届けることを目指している。

医療の専門家が多く所属するスタートアップ企業として、国内外で講演する機会も多い。2025 年大阪・関西万博大阪ヘルスケアパビリオンでの展示出展企業となった。(写真:株式会社Vitaars提供)

「高齢化で救急搬送されたり慢性疾患が重症化したりする患者は増えているのに、対応できる医師は不足しています。医療費の増大による財源不足も問題です。社会にあるさまざまな医療課題に対して医療系の企業ができることはたくさんあると思います」

 一方で、自戒する部分もある。「テクノロジーから参入する起業も増えてきましたが、主役は技術ではなく、あくまで患者さん。困っている患者さんや医師がいて、それを解決できる技術や方法を探すのが私たちの仕事。その根本を見失ってはいけません」

 だからこそ、患者にとって本当に必要なのはリアルな医師だ。

「信頼できる医師が目の前にいて治療してくれたら、患者さんは安心するはず。遠隔ICUも、現場の医師を支えることで患者さんを支え続けたいと思います」

(文/神 素子)

※AERAムック『医学部に入る2025』より

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