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社名は株式会社Vitaars。「Ars longa, vita brevis(技術習得には時間がかかり、時間をむだにしてはいけない)」という古代医学の父ヒポクラテスの言葉が由来。(写真:株式会社Vitaars提供)

【写真】遠隔ICUのためのトレーニングセンター

 医師の起業といえば、医療法人や個人医院を経営するケースがほとんどでした。しかし近年は医学の知識を使ってベンチャー企業を立ち上げ、臨床や研究だけでは解決できない医療課題に取り組む起業家も増えつつあります。株式会社Vitaars代表取締役社長・中西智之医師は、医師として働くなかで、多くのICUに専門医がいない実情を知り、起業に至ったのだと言います。発売中の『医学部に入る2025』(朝日新聞出版)より紹介します。

オンラインで各地のICUとつながる

 いくつものディスプレーが並ぶモニタールーム。映し出されているのはICU(集中治療室)の重症患者を想定した仮想情報だ。患者の映像、電子カルテ、脈拍、血圧、呼吸数、体温、意識レベル……。それらを専門医や看護師が24時間モニタリングし、必要に応じて現場の医師らとコンタクトをとる。「心拍数が速く呼吸回数も多いようです。CT写真を見せてください」など、集中治療科専門医がオンラインで現場の医師に助言するデモンストレーションを行っている。

 ここは株式会社Vitaars(以下ヴィターズ)の遠隔集中治療システムの開発や研修のためのトレーニングセンター。専門知識を持つ医師や看護師がオンラインで各地のICUとつながり、24時間態勢で重症患者の命を支えているのだ。

神戸にある遠隔ICUのためのトレーニングセンター。遠隔ICU支援システムの開発やデモンストレーション、研修などで活用している。(写真:株式会社Vitaars提供)

離れた場所から患者を見守る「遠隔ICU」

 医師不足から、ICT活用による遠隔医療が広まり始めている。多くの場合、医師が遠方の患者をオンラインで診療するが、専門医が遠方の医師を支援する遠隔医療もある。その一つが、ヴィターズが提供する「遠隔ICU(遠隔集中治療) 」だ。

「日本には多くのICUがありますが、集中治療を専門とする医師 がいない場合も少なくありません」

 そう話すのはヴィターズ代表取締役社長である中西智之医師だ。「現在、集中治療科専門医は約2700人、医師総数約34万人のわずか0・8%に過ぎません。多くの病院で他の診療科の医師がICUを診ています 」

 ICUは、集中管理が必要な処置後の救急患者や大手術後の患者が、入院病棟に移るまでの期間を過ごす場だ。24時間態勢で医師や看護師が見守るが、急変などで約2割はここで命を落とす。

「集中治療科専門医がいるICUは死亡率が下がるというデータもあります。私は以前、集中治療科専門医や認定看護師が何人もいるICUから、地方のICUに移ったことがありました。医師も設備も手薄で迷うことも多く、以前の病院に電話して助言してもらいました。そのとき『ICU専門の相談窓口があればいいのでは?』と。それが起業のきっかけでした」
 

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もうひとつの、起業のきっかけ