「盛田さんのこの一見突き放したようにも見える言葉は、会社と個人は対等なのだから、自分の成長は自分で考えなさいといいたかったのだと思います。そのくらいの気持ちで自分の価値を高め続けてほしいということですね」

 と、あらためて感想を述べる。

 安部自身、1987年、厚木テクノロジーセンターの人事担当から海外に赴任した。

「会社は社員に何をやりたいのかを聞く。社員は何をしたいかを意思表示する。私も希望を聞かれて、“世界を見たい”と、手を挙げて海外赴任のチャンスに恵まれました」

 彼が人事担当役員になって1年後の15年、ソニーはキャリア形成制度を大幅にリニューアルした。新しく「キャリアプラス制度」と「社内フリーエージェント(FA)制度」、「Sony CAREER LINK(キャリアリンク)」を加えて進化させた。まさに「支援する人事」である。

 リニューアルは、1人の若手社員の声がきっかけだ。当時のソニー社員は、経営危機の中で多くが意気消沈していた。業績低迷のあおりを受けて、就職活動にまつわるランキングも下がっていた。状況の打開策として、「新しいことにチャレンジするマインドを大切にするための環境を整えてほしい」という声が寄せられた。それに応えたのである。

「キャリアプラス制度」は、本来の担当業務を続けながら、業務時間の一部を別の仕事に充てることができる制度だ。所属する部署から異動することなく、新たな仕事やプロジェクトを経験し、キャリアの幅を広げたり、他部門で自分の専門性を生かすことができる。ズバリ“社内兼業”である。

「社内FA制度」は、仕事を通じて高評価を獲得した社員に対して、FA権が与えられる制度だ。寄せられたポストや職種へのオファーに対して、FA権を行使することで新しい職場に異動し、新たなフィールドに活躍の場を広げられる。「キャリアリンク」は、社員自らプロフィールを登録することで、必要とするスキルや経験が合致した場合、求人中の職場や人事から声がかかる仕組みである。

 いってみれば、これらの制度はキャリアの自律を基本とするソニー流の人事異動といっていい。日本の会社は、配置転換を人事異動の一環に位置づけているが、ソニーは配置転換に育成効果を期待しているのだ。

 実際、配置転換は社員の同意を得たうえでなされるものでないと、デメリットが多い。「やりたい仕事ができない」「正当に評価されていない」とモチベーション低下が避けられない。

「日本の会社は、雇用と配置転換がバーターになっていて、雇用を守るかわりに、会社の裁量で個人の意向とは関係なく配置転換をしてきました。しかし、しぶしぶ会社の意向に従っても、必ずしも個人のためにはならないし、会社のためになるとも限らない。それは、本当の意味での成長のバネにはならないと思います」

 ソニーの場合、必ずしも決まった異動があるわけではない。だから、4月に一斉に異動する光景は見られない。社員の異動は毎月のようにある。

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