『ソニー 最高の働き方』(片山修・著/朝日新聞出版)

 ソニーの事業は、多様性に富んでいる。ゲームや音楽、映画などのエンタテインメント事業、エンタテインメント・テクノロジー&サービス事業(家電などのエレクトロニクス)、イメージング&センシング・ソリューション事業(半導体)、そして金融事業など多岐にわたっている。そのうえ、人材も多様性がある。しかし、事業と人材の多様性の両側面がバラバラでは、パフォーマンスにつながらない。組織が巨大化し、事業が多様化すればするほど、その傾向は強まる。それこそ、長所が短所になる。

 井深は、「企業もお城と同じ。強い石垣は、いろいろな形の石をうまく組み合わせることによって強固にできる」と語っている。

 必要なのは、個のパワーを結集し、個と組織がともに成長するための「共通の価値観」だ。「ソニーは何を目指すのか」「ソニーは何のために存在するのか」――。経営と個のアジェンダの接点となる共通理念、つまり「Purpose」の設定が極めて重要だったと、安部は力説する。

「みんなが共感できる価値観をつくり、それを人事の制度に落とし込んでいく。制度というのは、あくまで手段であり、ある意味、表層的なもので、大切なのはその目的をしっかり共有することだと思います」

個性の強い社員のマインドを、いかに変えるか

 安部は14年、日本に戻った。業務執行役員SVP(シニア・バイス・プレジデント)として迎えられ、人事担当役員に就いた。

 ソニーの個人と会社の関係は、互いの自立と尊重の上に成り立つ。早い話が、仕事は自分で見つけるもので、会社から一方的に与えられるものではない。安部はいま一度、引き継がれてきたその関係の結び直しを図った。

「1人ひとりが自分のやりたいことや思いを持ちなさいと働きかけ続けてきた会社が、変革の局面では突然、全員でこの方向に向かってほしいといい出すわけです。個の思いはさておき、同じ方向を向いてもらわなければ困ると。自分のやっていることに思い入れやプライドを持つ人たちのマインドを変えるのは、並大抵ではない」

 かといって、社員を枠にはめて管理すれば、ソニーらしさを失ってしまう。管理の思想では絶対にダメだ。個の自主性を重視する文化を守りながら、新たな方向性へといかに舵を切っていくか……。

 たとえば、技術のトレンドが大きく変わろうとしている中で、8割を占めていたエレクトロニクスに携わる人材をどう動かすのか。工夫が必要だった。

「電子工学やエレクトロニクス、メカトロニクスのエンジニアをいかにソフトウェアエンジニアにシフトさせるか。さらに、そのソフトウェアも、組み込みからいかにクラウド系に移すかなどの進化が必要でした。また、AI(人工知能)やデータサイエンスへとスキルを変えることが求められていました」

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