ポイントは、前述したごとくマインドのシフトだった。社員のマインドを変えるのは、考える以上に難易度が高かった。皮肉にも、ソニーの個を重視する文化が邪魔をしたともいえる。
ソニーはもともと、個を大事にしてきた。個性あふれる人材が思う存分、力を発揮できる「場」を与えてきたのが、ソニーである。ところが、個性の強い人たちは、会社が変わろうというときに、狙い通りに動いてはくれない。おいそれとは変わってくれないのだ。
「思い入れやプライドを持っているからこそ、会社の都合で簡単には動いてくれません。スピードをもって変わらなければいけなくなったときに、個を大事にする文化は、ときに難易度の高いチャレンジに直面することになりました」
社員に「フリーエージェント権」を与える
新たに打ち出したのは、社員と会社が「選び合い、応え合う」関係である。
「社員は、会社が自分にとって成長し、挑戦する『場』としてふさわしいかを問い続ける。対して、会社は、それに応えられているかをつねに確認していく関係性ですね」
この「選び合い、応え合う」関係の上に立って、新たに策定された人事施策が「支援する人事」である。
「ソニーは、ヒトを管理するような風土は希薄です。管理するのではなく、1人ひとりのやりたいという思いや熱意を支援する。あるいは、社員が自分の意思でチャレンジできる仕組みをつくる。会社の一方的な命令でないことを実感してもらうため、つねに選択肢がある状況をつくってきたのです」
ソニーには1996年に創業者の1人の盛田昭夫がつくった有名な「社内募集制度」が存在する。希望する部署やポストに、自ら手をあげて応募できる仕組みだ。所属部署に2年以上在籍している社員であれば、上司の許可なく各部署の公募にエントリーできる。応募した部署とマッチングが成立したら、3か月以内に異動が決定する。すでに累計8000人以上がこのプログラムで異動している。
社員1人ひとりの自律的なキャリア構築を可能にするための選択肢の1つだ。自らの意思で働く「場」を選んで、そこで得た学びや人脈により、自分のキャリアを構築する。当然、成長実感をともなう。
安部は、盛田が新入社員に向けて発し続けた有名な言葉にこだわる。
「ソニーに入ったことをもし後悔することがあったら、すぐに会社を辞めたまえ。人生は一度しかないんだ。そして、本当にソニーで働くと決めた以上は、お互いに責任がある。あなたがたもいつか人生が終わるそのときに、ソニーで過ごして悔いはなかったとしてほしい」――。
その言葉は、いまもソニーで語り継がれている。