真剣な「対話」をしながらも、両者の間には信頼関係が構築されている。「ソニーはもともと、そうやって成長してきたのだ」と、安部はあらためてソニーの原点を再認識する。

 考えてみれば、「設立趣意書」には、「従業員は厳選されたる、かなり少員数をもって構成し、形式的職階制を避け、一切の秩序を実力本位、人格主義の上に置き個人の技能を最大限度に発揮せしむ」――とある。

 安部は、「20年以上、人事を経験してきた自分は、ソニーの人事をわかっているつもりでいましたが、じつは、まだその本質を理解しきっていたわけではなかった」と、述懐する。この米国での体験が、安部にあらためて「設立趣意書」の精神を思い起こさせ、人事改革の起点、原点となった。

2008年度から、7年間で累計1兆円超の純損失

 ソニーは04年度からテレビ事業が赤字に転落し、08年度から14年度の7年間における連結純損失の累計は1兆円を超えた。

 米国ソニー会長兼CEOだったハワード・ストリンガーが、ソニー会長兼グループCEOに就いたのは05年だ。ソニー始まって以来の外国人トップである。

 ストリンガーは、「ソニー・ユナイテッド」を掲げて、グループ連携を志向し、業績の復活を目指した。事業の軸足をエレクトロニクスからエンタテインメントやコンテンツに移し、それらを活用して価値を創造する新時代への対応を志向した。が、思うように業績は上向かなかった。ソニーのどん底の時代である。

「強みとしてきたエレクトロニクスだけでは、もはや生き残れない。社内では不安と強い危機感が共有されていました。ただ、さかのぼって考えると、井深さんは、トランジスタなど、新たなテクノロジーでつねに新しい事業を開拓し続けました。盛田さんは、音楽や映画の会社を買収し、ソフトでいかに新しい価値を創造するかをひたすら考えてきました。つまり、会社を枠にはめず、いかに時代に適応させるか、創業以来、一貫して苦闘し、挑戦し続けてきたといえます」

 と、安部は追想する。

(写真/アフロ)

 安部は、成長において人材に関する「3つのシフト」を力説する。1つ目はリソース(ヒト)のシフト、2つ目はスキルのシフト、3つ目はマインドのシフトである。そこに一貫して流れているのは、新たな価値創造のための挑戦と成長への執念だ。

「会社が成長し続けられるかどうかは、われわれが持っているアセットをどう活用するかに尽きます。変化に対応して成長し続けるためには、リソースの柔軟なシフト、すなわちヒトのシフト、スキルのシフトが必要で、いずれも時間がかかります。なかでももっとも重要で困難なのはマインドのシフト。これが大変でした」

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