落語家・春風亭一之輔さんが連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今回のお題は「虫の声」。
「虫の声」。虫の発する音を声と表現するなんて、じつに風流ですな。虫が羽を擦り合わせたりする音が声に聞こえる=心地よく聞こえるのは、日本人とポリネシア人くらいという説があるらしい。ポリネシアあたりがどんな所か知らないし、ポリネシア人に知り合いがいないので確かめようがないし、ポリネシアにどんな虫がいるのかわからないけど、「ポリネシア」という響きになんともいい塩梅のリアリティがありますね。
路肩にソテツの木が立ち並ぶパイナップル畑や、腰ミノを下げた屈強な男たちがファイヤーダンスを踊り続ける浜辺に、見たことないような大ぶりなヤシガニに羽の生えたような虫がノサノサと湧いて出てきて、ガサついた羽を擦り合わせて「ゴインシャーン、ゴインシャーーーン! ガスメスヌバーン、ガスゴスヌバーーーン!」とその声を響かせるのでしょう。
それを聞いた男たちは「オーイ! ミンナ、ムシノコエガキコエルゾー! メッチャフーリューダナー!」と松明を振り回す手を止めて、しばらく耳を傾ける。波の音と「ゴインシャーン! ガスメスヌバーン! ガスゴスヌバーン!」のハーモニー。われわれ日本人が聞いてもまっこと風流なことでしょう。ヌバーン!
虫の声というと秋の虫……スズムシ、コオロギ、キリギリス、クツワムシ、マツムシなどを思い浮かべますが、セミの「ミーンミーン」や「ツクツクホーシ」だって立派な虫の声ですよね。
耳元をかすめてくる蚊のなんとも不快な「ぷ〜〜〜〜ん」というヤツも虫の声。今年は暑さのせいか蚊をあまり見なかったので、いやーなあの音も聞かずに終わってしまいました。「麻のれん」という落語で、あの蚊の羽音を演者が出す場面がありまして、やはり高座に上がる前に楽屋で必ず稽古してみます。