女性として生まれただけでハンデだった
私がこういう考え方になったのは、私が育った環境が影響していると思います。女性として生まれただけで、私の家庭ではハンデでした。父親は「女性は父親の言うことを聞き、結婚したら夫の言うことに従うべきだ」という考え方の人で、私が米国へ留学したいと伝えた時も「女の子の留学にかけるお金はない」と言われました。
だから私は「やりたいこと」である米国留学ではなく、路線変更して奨学金のある大学を見つけて日本の大学へ留学しました。父にはずっと足を引っ張られたけれど、まずは自分を救うことが必要だから、最終的には父親と縁を切りました。

「以前やっていた仕事」にこだわらない
「以前やっていた仕事」にこだわると仕事が見つからないことがあります。そんなときは「自分の経験を生かしたい」のか「経験を生かせなくてもいいから仕事をしたい」のかを論理的に考えればいい。そして、どちらかを選択するしかありません。選べない選択肢というのは、持っているだけだと「ただのゴミ」です。さっさと選択して動いたほうがいい。
私はいつも転職前提で仕事をしているので、「この仕事が合っているのか」と悩んだこともありません。だって、「もっと合う仕事があるんじゃないか」と考えても、今、ないなら悩んでも仕方がない。でも仕事をして成果を出せば、また新たな仕事に出合えるかもしれません。だから、転職初日から吸収できるものは全部吸収していきます。
もちろん言いたいことをのみ込んで「一に忍耐、二に忍耐」の時期もありました。実績がない人は耐えるしかないから。でも、実績をつけてから言えば説得力がありますよね。
選べる立場になったらさっさと動く
日本ではよく「モヤモヤしている」という言葉を聞きます。でも、海外の友人から「モヤモヤしている」と聞いたことはあまりありません。「今ちょっと迷ってるんだけど」というのは聞くけど、迷ったあとで決断したら動きます。そう考えると、モヤモヤしている人は本当は決めたくないのかな?と感じます。決めたくないけど「愚痴りたい」と思うのでしょうか。私のところに相談に来てくれる人には「行動したいなら一緒に論理的に考えるけど、癒やしを求めているなら他に行ってね」と伝えています。
自分では「置かれる場所」を選べない時って、どうしてもあります。「置かれた場所」で我慢しなければいけない時も、自分が後回しになる時期もあります。でもそれが一生続くのはおかしくないでしょうか。置かれた場所でなんとか花を咲かせて、選べる立場になったらさっさと動くのが良いと思います。
うすい・しんしあ/1959年生まれ、フィリピン出身。国費留学生として東京外国語大学を卒業後、貿易会社に勤務し、外務省勤務の日本人男性と結婚。30歳で出産し、専業主婦に。娘の大学留学を機に47歳で再就職。ANAインターコンチネンタルホテル東京、シャングリ・ラ東京を経て外資系ホテルLOF Hotel Managementの日本法人社長に就任。58歳のときに円満離婚。2024年5月に65歳を機に勤務先を退職し、現在は週3日勤務の嘱託社員とNPOの無償アドバイザーを務める。著書に『専業主婦が就職するまでにやっておくべき8つのこと』(KADOKAWA)や『人生は、もっと、自分で決めていい』(日経BP)など。
(フリーランス記者 山本奈朱香)
*AERAオンライン限定記事