食事が怖くなくなったら10キロ太った
こうして、ひょんなことから嘔吐恐怖を克服した千穂さんは、食事をする際に感じていた精神的な圧迫感がなくなったというのである。
「今までは逃げていたけど、恐怖対象に対峙したら、そこまで食べることや吐くことは恐怖じゃなかった。死ぬわけじゃないしね。そしたら今度は、今まで食べられなかった分、食べることが楽しくなっちゃった。今まで何を悩んでたんだろうってくらいに。恐怖心がないから、おいしいものをいっぱい食べたくなって、食べることが好きになって、気がついたら10キロ太った。そしたら今度は、痩せたいと思っているんですよ」
私は自由を手に入れた
それでも、食事がつらかった年月を考えれば、今のほうが断然良いという。
「親戚のおじさんっていう生き物がいるじゃないですか。『丸くなったね』って無神経なことを言われてショックだったけど、今の私は、痩せたり太ったりする自由を手に入れた。ズボンのボタンも閉まらなくなって、服も肩が張って窮屈だから痩せたいけど、ガリガリは嫌。今はそれよりも、体を絞りたい。そうやって、だんだん気持ちが変わってきたんです」
外食もするようになり、仲の良い友達とも一緒にご飯を食べにいくようになった。人生の幅が一気に広がったのだ。
女性を救った少年は
少年は外国にいるため、メッセージのやりとりだけで一度も会ったことはないという。こうなると、相手の人物像が気になってくる。
「ちょっと変わった子で、全然明るくない欧米人。ハッピーニューイヤーとかメリークリスマスが大嫌いで、友達もいないみたい。私もこんなに長くやりとりが続くと思わなかったし、よくわからない年上の日本人女性とチャットするくらいだから、よっぽど孤独なんだろうなって思う。送ってきてくれた写真があるけど、見ます?」
スマホの画面を見ると、そこには、目の周りに黒いアイシャドーを塗り、中指を突き立てた金髪のパンク少年が映っていた。
海の向こうの彼は、はからずも自らの性癖により、一人の女性を救ってしまったわけだ。いろいろな種類の人間がいることで、世界はうまく回っているのだなと思った。
(構成 ノンフィクション作家 インベカヲリ★)