30年近く“食事恐怖”があったという女性(撮影/インベカヲリ★)
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 現代日本に生きる女性たちは、いま、何を考え、感じ、何と向き合っているのか――。インベカヲリ★さんが出会った女性たちの近況とホンネを綴ります。

【写真】「痩せたり太ったりする自由を手に入れた」と語ってくれた千穂さん

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「治っちゃったんですよお」

 久々に会う千穂さん(30代前半/仮名)は、私と顔を合わせるなりそう言った。

 彼女は、幼稚園の頃から、「食事が怖い」という謎の症状を抱えていた。口の中に食べ物を入れるとウッと吐きそうになるので、恐怖で口に入れられないというのだ。記憶にある最初のきっかけは、とても小さいとき。外食で吐き気を催し、とても怖かったことを覚えているという。以来、食べようとすると精神的な圧迫感を覚えるようになったらしい。

給食の時間は「拷問」だった

 小学校の給食では、1時間かけてパンをちぎって食べるふりをしたり、ティッシュに吐き出して机の中に隠したり、ランチマットごと包んで捨てたりしていた。教師から「食べなさい」と圧力をかけられると、余計に食べられず拷問のようだったという。

 当時を振り返って彼女は言う。

「おいしいとかまずいという問題ではなくて、口に入れるという行為が怖いんです。食べ物を口に入れて、噛んでのみ込むということに勇気がいる。食べ物に見えないし、食べたいとも思わない。どうしてこれを咀嚼してのみ込まないといけないんだろう。どうしてみんなは普通に食べているんだろう。食べなきゃいけないことの意味がわからなくて、先生から『食べなさい』とか『残さず食べましょう』って言われるのがつらかった。水分だったらいいんです。学校なら、水道水だけあればいい」

先生が「ラーメンおごってやる」

 もっとも、これは外でのことで、家にいるときは精神的な負担が少なく、好きなお菓子や、夕食も食べられることが多かったという。

 高校生になると、給食ではなくお弁当になり、食事以外の悩みのほうが強くなったこともあって圧迫感は減ったらしい。しかし、専門学校へ入ると、フレンドリーな先生が『アイス買ってきたぞ』と言って配ったり、『ラーメンおごってやる』と言ったり、何かと食のコミュニケーションが増えていった。彼女は、このときもやはり食べられなかったという。

「油っぽいものが特にダメで、クリーム系のアイスだったりすると、ウッてなるんですよ。まして料理は、自分のお皿に盛ってある量がノルマみたいに感じて、恐怖しかなかったです」

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30年近く「食べることに抵抗」