周囲の「食べろ」が苦痛
大人になり一人暮らしを始めると、自分のテリトリーにいて食事を強制されない安心感から、「これくらいなら食べられる」という線引きができた。それでも、仲の良い友達と一緒に外食するというようなことはできなかったという。
「食べられない時期は、食べなくても平気だったんですよ。たまにいるんです。食べなくても健康を保っている人って。私も、ただ痩せてるくらいの体形だったから。でも周囲に『食べろ』って言われるから、それが苦痛なんです」
こうして30年近くを、食べることに抵抗を持ってきた千穂さんだが、それを「治った」と言っているのだ。一体何が起きたのだろう。
「吐いてるところ、見せてよ」
「ここ3年ほど、SNSで欧米に住む10代の外国人少年と知り合ってチャットするようになったんですよ。最初は趣味の話でメッセージが来て、映画や音楽の話をしていたんです」
だが、しばらくすると少年の態度が変わってきたという。
「あるとき、『吐いてるところ見せてよ』って言われたんです。エメトフィリアっていうんですけど、その男の子は嘔吐フェチで、女性の吐いてる姿が好きみたい。いつもだったらブロックするところだけど、なぜか『私できないんだよね』って普通に返したんです。面白いと思っちゃったんですよね。そうしたら、その後も会話が続いてしまった」
これをきっかけに、これまで説明のつかなかった食事恐怖は、嘔吐に由来するものだと気づいたという。
「自分は嘔吐恐怖、つまりエメトフォビアなんだと気づいたんです。口の中に食べ物を入れると、ウッとなって吐きそうになる。吐くことへの恐怖で食事ができなかったんだって」
恐怖心が消えた
その後も、吐く姿を見せていないにもかかわらず、少年からの英語のメッセージは続き、気がつくと3年の月日が過ぎた。
「たわいもない会話が大半だけど、その中でちょいちょい『吐いてるところが見たい』って言われて、そのたびに『無理だよ』っていうやりとりをする。それが自然と治療みたいになって、気がついたら嘔吐恐怖がなくなっていたんです。吐けるかも、吐いてもいいんだ、と思ったら気持ちがラクになった。実際に嘔吐ポルノというジャンルがあるわけだし、嘔吐を好む人もいるんだと思ったら、恐怖心が消えてしまったんですね」