元朝日新聞記者 稲垣えみ子
この記事の写真をすべて見る

 元朝日新聞記者でアフロヘアーがトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。

【写真】路上コーヒー屋のエッグコーヒーはこちら

*  *  *

 突然ですが、思い立って今ハノイ。ナーンて言うと旅慣れた人のようでかっこいいが、現実は、旧市街の超古いアパートで夜通し鳴り続けるバイクの警笛に不安を募らせながら目を覚まし、先ほど恐る恐る、到着後初の朝の探検に出てきたところである。

 予想以上の苦戦。どの通りもバイクと車のカオスで歩くのに必死で道を覚えるどころじゃない。汗だくでたどり着いた市場では英語は通じず金額の表示もなく、勇気を出して漬物を買ったら手渡したお札が約500円相当(それしかなかった)だったため500円分の漬物が袋にどさどさ入れられドンと手渡され、焦ったせいで果物屋で衝動的に巨大シャインマスカットを買ってしまい、指がちぎれそうになりながらよろよろ部屋へ戻り、高菜漬けとマスカットを食べつつ(これが案外合う 笑)原稿を書いております。

エッグコーヒーなるものを路上コーヒー屋で初体験。ホットを頼んだら何と湯せん!(写真/本人提供)

 全く何をやってるんだか。でもこの惨めさはハナから承知なのだ。だって何が哀しゅうてこんな遠くまでやってきたかといえば、要するに失敗しにきているのである。いいトシこいて何もできん自分に出会い、追い詰められ必死に脱出を図ろうと頑張ることで自力を高めようとしているのだ……って自分に言い聞かせて明日からも頑張ります。

 で、このキツイ作業に耐えるにはどんな下らんことでも「やった」とガッツポーズをとることが最大のコツなんだが、さっきの散策で「やった」と心から思えたのが、車がガンガン通る道を数回渡れたこと。全く渡るタイミングがなく5分ほど突っ立っていた時、地元の男性が渡るのにピッタリついて行ったのが覚醒のきっかけだった。コツは車にもバイクにも遠慮せず、「渡るぞ」の意思を行動でみせることであった。わずかなスキを突き気合でズイズイ渡る。でも見てると気合だけじゃなくてちゃんと「間合い」もとってるんだよね。押し寄せる車やバイクと呼吸を合わせて流れに乗っていく感じ。わずかな呼吸の変化を見逃さぬ剣豪のよう。これをハノイの人は全員身につけているらしい。世界は広いね。

AERA 2024年9月9日号

著者プロフィールを見る
稲垣えみ子

稲垣えみ子

稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行

稲垣えみ子の記事一覧はこちら